「明日は卒業式だっていうのに、遅くまで悪かったな」
「先生だから特別です」

夕日が差す教室。
厚い窓ガラスに遮られ外にいる生徒の声がとても遠くに感じた。
彼女が教室の中を意味もなくくるくると旋回した。少し大きな上履きが床につく度に、ぺたりぺたりと音を立てていたのが気になった。

「煉獄先生」

きゅ。ビニルの床に上履きのゴムが擦れる音が教室に響く。
呼ばれた名前に返事をするために息を吸ったのに、それは吐き出せないまま飲み込んだ。目の前にある、ほんのりと赤が乗った唇が動いたからだ。

「好きです」

突然の言葉。
それはじわり、半紙に墨汁が染みていくように俺の意識に入り込んでいく。

「私、先生が好きなんです。先生はどう思ってますか?私の事」

矢継ぎ早に紡がれる言葉。その語尾は確実に俺へと疑問を投げているのに、まるで返事なんていらないと言わんばかりにぺらぺらと吐き出されていた。

「悪い冗談は止してくれ」

彼女に転がされている思考回路から見つけ出した言葉はなんと頼りのないものだ。逃げるように視線を落とす。首もとにぶら下がるリボンが、幼い少女に翻弄されている俺を嘲笑うように揺れている。

「冗談なんて言いません。私は本気です」
「君は俺の生徒だろう」
「生徒じゃないなら、良いってことですか?」
「そういう事じゃ、」
「じゃあどういう事ですか?明日の卒業式が終われば生徒じゃなくなります。生徒じゃなきゃ、良いんですよね?」

決めつけたような言い方。君に俺の何がわかると、そんな感情任せな言葉を投げつけたい気持ちに駆られ。逃げた視線を戻せばそこあるのは微笑。
まるで全て分かっていると言わんばかりの余裕。彼女は本当に高校生なのだろうか。

じじじ、と校内放送が流れる直前のノイズがして、すぐに最終下校のチャイムが響いた。高らかなチャイムが鳴り終えたスピーカーを二人して見つめていた。なにか話さなければと思ったが、先に沈黙を破ったのは彼女だった。

「よしっ」

掛け声のようなものを一人ごちて、机に掛けてある鞄を手にとった。それから、なんでもなかったように扉へと足を進めていってしまう。
なぜか彼女を引き留めないといけないような気がしたが、引き留めたとして何を言えばいいのかは思い付かない。考えだけが巡るばかりで、開かなければならない口は一文字を結んだまま。

見せつけるかのようにゆっくりと歩を進める彼女はこちらを見向きもしないまま、さらさらと艶のある髪を体に合わせて跳ねさせている。
止まったのは、廊下へ繋がる扉の前だった。
軽々と跳ねて遊んでいた髪の毛は、止まると同時にするりと元の位置に戻っていった。

「さようなら、煉獄先生」

くるりと顔だけをこちらに向けた彼女は笑っていた。

「明日、楽しみにしています」


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