細く細くでもそれは確実に光を灯している。ひとつ間違えば暗闇と同化してしまいそうなくらい細い月夜だった。
せっかく蚊帳を張ったのに少しだけ夜風に当たりたいと、火照った体を起こして縁側へと私を招いた。部屋に入れた蚊取り線香を持ち出し、手招かれた場所へ正座すると、決まったように膝へと転がり、普段の姿とはまるで違ってくつろいだ様子を見せる。こうやってみれば顔以外にも彼の父とよく似ているのだと思わせた。

「少し飲み過ぎたな」
「お水持ってこようか」

赤い顔に手を寄せると見た目通り熱を持っていた。二日酔いになってはいけないと、水を取りに立ち上がろうとしたが、開いた左手を大きな手がすかさず掴んだ。

「なあすず乃」
「どうしたの?」
「もし俺が死んだら、君はどうする?」
「何を」

冗談、と言いかけて鬼殺隊にいれば冗談で済まさない事だったと思い出した。幸せな時は忘れてしまうが、この幸せが当たり前ではないのだと、杏寿郎さんの一言で改めて思い知らされた。

「そうだなあ。私も後を追う、」
「む」
「と言いたいところだけど、守ってもらった命だから杏寿郎さんの分まで長生きするかな」
「君らしい答えだ」

気に入った答えだったのだろう、嬉しそうに顔を綻ばせた。
しかし、今の質問は普段の杏寿郎さんからは出てくるとは到底思えず。何かあったのだろうかと疑問に思った。

「急にどうしたの?」
「……」
「話したくなかったら言わなくてもいいけど」
「人は、簡単に死んでしまうんだと思い出しただけさ」

私に言っているようで、誰か違う遠くの人に投げかけるような言葉だった。
杏寿郎さんは言わないが、柱の一人が亡くなったのを私も知っていた。だからと言って何かを言ってあげられるほど、私は鬼殺隊の事も、柱の事情も知らなかったからただ黙っている事しかできなかった。
杏寿郎さんの言葉の後は、二人とも何も言わずにただ黙っていた。流れるのは、さらさらと気持ちのよい風だけで、互いの髪が攫われては元の場所へと戻っていく。
この沈黙が、じわりじわりと燃え広がる蚊取り線香のように杏寿郎さんの心の闇へと広がっているような、そんな気がした。

「もしも、ね」

聞いてはいけない。聞いてはいけないと思ったのに。お酒が入っていたからかもしれないし、杏寿郎さんが問いかけた質問に対する答えだったのかもしれない。杏寿郎さんと同じように、普段だったらない事を彼へと投げかけてしまう。いけない。そう思ったのは言葉が口から吐き出された後だった。

「私が死んだらどうする?」

杏寿郎さんは庭に向けていた体をゴロンと回し、天井を見上げる形になった。月はこんな細く淡い光でも、杏寿郎さんの大きな瞳には光が取り込まれてきらきらと光っているように見えた。

「……君が」

じっと、天井を見上げたまま。独りごちたように呟いた。

「君が死んだら、君を想って俺も死ぬだろう」

ぎょろりと、その大きな目が私を射抜く。その瞳にふざけた様子など一寸もなくて。私は背中にひやりとしたものを感じる。

「すず乃」

何も言えなくなった私の名前を呼んで、杏寿郎さんは笑った。でも、私は気が付いていた。目の奥が笑っていない事に。あまりに真剣なその様に、本当に死んでしまいそうで、私は怖くなった。

「死なないよ、絶対に」

絶対なんてあるようでない言葉を口に出して。頬を撫ぜていた右手で杏寿郎さんの右手を取った。
そこにはきちんと血が通って、温かく生きていると訴えているのに。確かに生きているはずなのに。
その存在は浮かぶ月のように細く、頼りないように思えて。
私が何かほんの一つ間違えてしまえば、闇に溶けてしまいそうなこの手を離さないようにとしっかり握りしめた。


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