もうすぐ日付が変わるというのに、恋人からはいまだ連絡が来ない。いや、正しくはメールなら送られて届いていた。送信時間が夕方のそのメールには同僚と飲みに行ってくる、と彼らしい絵文字も何もついていない簡潔な文章。と言う事は、その飲み会の後に電話が来る、というのが暗黙の了解だ。
会えない日は少しでもいいから電話をしようと決めたのは、お互いが社会人になる時だった。学生時代は毎日のように顔を合わせていたが、社会人ともなるとそう上手くはいかないだろうと思っていたのだろう。私は大げさじゃだなんて考えていたけれど、いつだって彼の方が正しく先を見据えているような気がする。案の定、教師という職についた彼とはすれ違いの毎日で、毎日の電話がなければ心が折れていたかもしれない。

「今日はずいぶん遅くなったね」
『ああ、残業した後に同僚に付き合わされてしまった』
「また宇随さん?」
『ああ!あいつはザルだから付き合うと長くてな』
「文句言う割に、杏寿郎の声楽しそうだよ」

声から楽しかったのが伺える。よく話に出てくる同僚の人たちと飲みに行くと、決まって楽しそうにしているので私も嬉しい。教師という難しい仕事なのに、弱音を溢さず毎日明るくしている杏寿郎。

『明日はどこにいきたい?』
「んー…どうしようかな」
『君の誕生日だ、好きなところを選ぶといい』
「悩んじゃうなあ」

そう。明日は私の誕生日。杏寿郎も有給を取ってくれて、久しぶりに1日デートをする。水族館もいいし、東京タワーも久しぶりに行ってみたいような。でも、一緒に服もみたいし。あ、行きたかったお肉の美味しいお店もいいな。なんて頭の中には沢山の候補が浮かぶけど、結局行き着くのはひとつで。

「杏寿郎と1日一緒に居られるならどこでもいい!」
『君はいつもそればかりだな。たまにはワガママを言っても良いんだぞ』
「ワガママかあ」

じゃあ、今から杏寿郎の家に行きたい!そんな事を考えたものの、もう日付が変わりそうな時間。終電に間に合わすには時間が足りない。タクシーで行く事もできるけど、それなら明日にしようと言われるだろうし。そんな事を考えていたら、電話の向こうで階段を登るような音が聞こえる。杏寿郎の部屋は5階だからいつもはエレベーターなのに珍しいな。そう思っていたらインターホンが鳴る。こんな遅くに鳴ること自体珍しく、まさかと思いモニターを見ると会いたかった人が笑っている。

「杏寿郎!どうしたの?」
「上がってもいいか?」
「そりゃあもちろん良いけど……」

玄関に入ると、慣れたように靴を脱ぐ。お酒の強い杏寿郎が珍しく赤らんだ顔をしていて、なんだか可愛い。杏寿郎は部屋に上がるや否や、左腕についた腕時計を指差す。針はあと少しで真上に到着するところだ。そしてすぐに、2本が重なる。

「誕生日おめでとう」

一番に会いたかったんだ。そう言って笑って私を抱き締める。今は、彼から香るアルコールの匂いすらも愛しい。


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