静かな教室に紙とボールペンがこすれる音が響く。それが妙に心地のいい音に聞こえて机に頬をつける。目を閉じて、その音に耳をすます。遠くの方で校庭に居る生徒の声が聞こえて、改めてここが学校だと思い出すのだ。

「君はいつまでここに居るつもりなの?」
「先生が日誌を書き終わるまで」

返事ではなく溜息が耳に入った。この姿とさっきの発言に対して呆れている姿が目に浮かぶ。まどろみ始めていた意識を戻し目を開けて、向かいに座る人を映す。すると期待通り、呆れた顔でこちらを見ていたから、見なきゃ良かったかも。
もう一度目を閉じようとすると、彼が持っていたボールペンで頭を小突かれる。痛いと訴えれば「寝ている方が悪い」と先生らしい事を言われた。授業中なら説得力のある台詞だが放課後なら意味のない事を彼は知っているのだろうか。

「水嶋先生は何時頃帰るの?」
「君がこの教室から出たら帰るよ」
「じゃあ私今日は泊っていくね」
「……君は馬鹿なの?」

また呆れた顔をされた。さっきよりも酷い顔。これは軽蔑の目と言っても過言ではないと思うんだけど。仮にも生徒なのに酷い顔をするもんだ。もう知らないと机に突っ伏すと、水嶋先生もこちらを見る事を止めまた日誌と向かい合い始めた。

腕と腕の隙間から見える手の動きを追っているとまた眠気がやってくる。規則正しく文字を並べて、一体実習日誌とはどんな内容を書くのだろうか。まさか放課後生徒に付きまとわれたとか書かないだろうな、なんて少し心配にもなった。
いや実際は付きまとっている訳ではないんだけど、先生から見たらそう見えるのかなって。でも、私にとって水嶋郁という教育実習生が来た事は青天の霹靂だったのだ。あれ、これって使い方あってる?まあ何より、衝撃的な事だった。
よくある顔がタイプです!とかそういう不純な理由じゃなくって、彼を見ているうちにキチンと好きになったのだ。愛だの恋だのいうには期間が短すぎるけれど、彼に好意を持っているのは事実。本人に伝えてみたりするんだけどあっさり「子供は興味ない」なんて言われて失敬である。
私ももう高校三年生。来年には大学生になるのだ。立派な大人だと思うんだけど、彼は歳の割りに大人びているから余計にこちらが子供に見える気がする。これ程までに早く大人になりたいと思った事は今までにない。でも、私は彼には追いつけない。そうなると一生子供のままな気がするけれどそこは考えるのはやめておこう。悲しくなるのは自分自身だぞ、なずな。

頭の中でごちゃごちゃと水嶋郁について考えていると、今まで聞こえていた音が聞こえなくなっている事に気が付いた。顔を上げると水嶋郁は日誌を書く事を止めて私の方を見ていた。今度は呆れた顔はしていなかったけれどどうしたのだろう。

「なぁに?先生」
「もう良い時間だけど、帰らないの?」
「さっきも言ったけど先生と一緒に帰るよ、私は」

きっぱりと言うと、あからさまに迷惑そうな溜息をつかれた。さすがの私でも少しばかり傷つく。でも、帰るつもりはさらさらない。そういう顔をしていると、何かしら伝わったのか彼は日誌を閉じた。
そして立ち上がると、机へ置いていた私の鞄を持ってドアへ歩きだす。何事かと急いで立ち上がると、彼は私にその荷物を渡し、丁寧に廊下へと背中を押し出した。

「もう良い時間です。子供は帰りなさい」
「私は子供じゃない!」
「僕にとったらまだまだ子供。良いから、今ならまだ他の人に生徒がいて危なくない」
「え?」
「良いから。残念だけど僕はこれから職員会議があって送れないから気をつけて帰るように」
「水嶋先生なんか優しい」
「生徒に怪我でもされたら後が大変なんでね」

ドアよりかかった水嶋先生は自然な仕草で私の頭に手を伸ばした。髪の毛をくしゃりと掻きまわして、もう一度私の背を押した。廊下に押し出されて彼を見上げると、彼は背を向けてゆっくりとドアに手をかける。そして、こちらを振り返った。

「あと、最後に一つ」
「なに?」
「君が大人になったら相手にしてあげない事もないよ。だから、精々頑張って。それじゃ」

ガラリ、とドアが閉まった。思いもよらない言葉に、私は茫然として暫くそのままでいた。冗談だったのかもしれないけれど、1%いや、0.01%でも可能性がある事は確かだぞ!
なんて考えていると、たまたま通りかかったクラスメイトの秋津くんがこちらを不審な目で見ていた事に気付きやっと我に返った。秋津くんの「なにしてたんだ?」の問い掛けには何も答えず、取り合えずふふふと笑っておいた。
その日、私がスキップで寮まで帰ったのは言うまでもない。ああ、早く大人になりたいなぁ!

夢見るピーターパン

(20111110)


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