気をつけて帰れよ。そう言って教室の前で別れた先輩と逆の方向へ歩きだす。日が暮れて外が暗くなっても学園の中はまだ光が溢れていた。鍵を返しにやってきた職員室も例にもれずというよりもここがいちばん学園内で明るい場所と言えるだろう。
慣れたように職員室に入り顧問の机へ向かう。けれどそこに目的の人物は座っておらず、待つにしても時間はあまりない。仕方ないが今日は机に鍵を置いて帰る事にしよう。散らかったそこにあったメモとボールペンを拝借して短いメッセージを残した。
帰り際に職員室を見渡すと、18時半を過ぎているせいもあり先生たちの数はまばらだった。残っている数人の先生に挨拶をしてドアを開けようとした時、一際大きな声が私の名前を呼んだ。

「三宮!今から帰るのか!」
「あ、はい」
「なら良かった。俺も帰る所なんだ、先生が送ってってやろう!」

近くに寄って来ても変わらず大きな声を出す先生から一歩だけ離れる。私より少しだけ背の大きい目の前の教師見上げると、こっちはまだ何も言ってないのに勝手に一緒に帰る事になったらしく、少しだけ待っていろと言いつけると急いでロッカーがある部屋へと走って行った。
そのやり取りを一通り見ていた先生方は「陽日くんは生徒想いが過ぎて、過保護だな」なんて言っていて全くだと思った。でも無視して帰るわけにもいかないので、結局は傍にあるソファに腰を下ろして彼を待ってしまうのだけれど。

「さっみー」
「そんな薄着じゃ、そりゃあ寒いですよ」
「いやあ、今日は手袋もマフラーも忘れて来てさ」

隣を歩く陽日先生はコートを着ているものの、この季節にはおかしいくらい随分と薄着だ。マフラーとか手袋とかうんぬんの問題で、まず基本が薄すぎなのだと思う。亀のように首を縮めて寒さに耐えている様子はなんだか可哀想に見える。
私が着ている制服は防寒性もあるし、カーディガンやコートを着ればこの位の寒さならなんて事ない。おしゃべりをしながらもしきりに白い息を自らの手に吐き出し、寒い寒いと漏らす先生に私は自分のマフラーを外し彼の首へと巻き付けた。

「うおっ?!」
「今日は貸してあげます、風邪引いたら大変ですから」
「で、でも三宮が寒くないか?」
「私は手袋もありますし、大丈夫です」

ね?と問い掛けると、彼は照れくさそうにありがとうと言って手袋をはめた私の手を取って歩き出した。いきなりの行動に驚いたが、そんな事に気づいてもないのか嬉しそうに鼻歌も交えながら寮までの道のりをずんずか進んでいく。
誰かに見られたらどうするつもりなのだろうと考えたが、こんな時間に外をうろついている人がいる方が珍しいのであまり気にしないでおこう。何よりもこんなに嬉々としながら歩かれてるんじゃ、嫌とも言えないじゃないか。
一人饒舌に今日あった事などを話している陽日先生の背中を見ながら一度溜息を吐くと、彼はピタッと動きを止めた。もしかして溜息が聞こえていたのだろうかと不安に思ったが、心配は無用だったらしい。振り向いた顔は笑顔のままだ。

「あ、」
「どうしました?」
「手袋一個貸してくれないか?」
「手袋ですか?」
「おう!」

マフラーを貸した時のあの申し訳なさそうな顔はどこに言ったんだか。でも、やっぱり嫌と言えないので片方の手袋を外し、彼に渡してあげた。嬉しそうな顔しちゃってまるで子供みたい。
私の手袋をはめて、ニヤニヤとそこを見つめては「ふふふ」と怪しい笑い声を漏らした。何がしたいのか分からない陽日先生を見ていると、彼は私の隣にやってきた。笑った顔に寒さで赤くなった鼻の頭がよく目立つ。さっきの行動も含め、そこがまた子供らしさを演出している。
一体なんなんですか?と聞くと、彼は焦らすように「んー」とか「あー」とか言って。鼻と同じように赤い耳の後ろに手を当ててワザとらしく私の手を指さし、こう言った。

「手袋を外した手、寒くないか?」
「そりゃあ寒いです」
「じゃあ、こうしよう!」

その瞬間、温かい掌が手袋を奪われて冷え始めていた私の手を包みこんだ。勿論その手の正体は照れたように笑う陽日先生なんだけれど、彼は空いた右手に手袋をはめ、繋いだ左手に私の手を握っている。なんだかバカップルのようだ。いや、傍から見たらバカップルだろう。
でも隣に居る陽日先生はご満悦のようで満面の笑みをこちらに向けている。恥ずかしいとかではなく、ただ単純にこういうのは辞めて頂きたいと思っていた所だけれどこんな嬉しそうな顔されちゃもう何にも言えない。だから黙って彼の隣を歩くしか道は残されていないのだ。

「暖かいなあ!三宮!」
「陽日先生、わざとマフラーも手袋も忘れたでしょ」
「……やっぱりバレてた?」
「バレバレです」
「良いだろ〜忘れた青春を先生にも味あわせてくれよ〜」
「わざわざ学校でしなくても良いじゃないですか、あんな職員室で待ち伏せなんかして」
「待ち伏せとは人聞きが悪い!彼女が心配で待ってたら駄目か?」
「そう言えばなんでも許すと思ったら大間違いですからね」
「なんだ、三宮は厳しいなぁ〜」

呆れたように言ったって、怒るように言ったって、何を言っても嬉しそうに笑う陽日先生。私は少しだけふて腐れた振りをしてそっぽを向いて歩いてみる。けれど手は繋いだままで。何度も何度も名前を呼ばれたけれど、ちょっとだけ意地悪して振り向いてあげないんだ。
だけど、急に「なずな」って名前で呼ぶもんだから驚いて振り向いた時。唇に触れるまでに見えた数秒の表情ですら満面の笑みを浮かべた陽日先生が居た。呆れるくらい大胆な行動だけれど、私はやっぱり嫌だとは言えないのだ。だって私は彼が大好きなんだもの。

ハッピーリフレイン

(20111124)


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