「重たい」
「傑」
「重たいよ」

下半身にかかる重さが心地よいものから苦しさへと変わっていた。どのくらいこうしているのだろう。時計などないので時間は分からなかった。

「傑」

何度目かわからない名前を呼ぶ。傑はわたしに馬乗りになったまま、ただじっと見ているだけでなにも答えないでいた。


***


部屋は暗かったが鳥が鳴いていた。朝とも夜中ともいえない時間だったと思う。そんな時間に部屋の戸が開かれたから、思わず起き上がった。暗さに目を慣らすよう瞬きをこなす。何度目かで目が慣れて、そこに立っているものが見え始めた。

「傑?」

真黒な髪を垂れ流したまま、こちらを静かに観察していた。返事はない。もう一度呼んだ。今度はちいさく返事をした。

「どうしたの」
「どうもしないさ」
「どうかしないとこんな時間には来ないとおもう」
「それもそうか」

傑がベッドの横へ来て座った。軋み、音を立てる。様子が変なことは分かったが、それ以上は分からない。垂れ下がった前髪を梳くように手を顔へむけた。ひんやりとした頬が寂しそうだった。

「眠れないの?」

傑はなにも言わなかった。熱を分けてやろうと触ったはずなのに、わたしの手はあたたかいまま。いつまでも傑の頬は冷たいままだった。

「一緒にねむる?」
「いや、いいよ」
「そう。じゃあ何がしたいの?」
「なにが、か」

傑は笑った。そうして頬にあった手を掴んでわたしの上に乗った。真上にある傑の顔は、嬉しそうでも悲しそうでもない。眉間に集まった皺が、傑の気難しさを表していた。掴まれていない方の手で皺を撫でた。だけど消えなかった。消しゴムのように消せないもんかと思ったが、印刷されたようにそこに皺は残っていた。

「傑、どうしたの。つらいの?怒っているの?」
「わからない」
「傑にわからなきゃわたしにも分からないよ」

そうして傑はしばらくわたしの上で静かにしていた。じっとこちらを見ていた。目が合うのに合わない。傑はわたしの目の奥の奥にある自分には見えない何かをみているようだった。傑はわたしの上から動こうとしなかった。二人の体が溶け合いそうなくらい、体へ重さが蝕んでいた。何度か傑の名前を呼んだが、傑は返事をしなかった。

「なずな」

諦めてカーテンが揺れる様を見ていたら、傑の切なくて甘い声がわたしを呼んだ。一瞬うっとりとしたそれに答えようとしたが、出来なかった。傑がわたしの頸を噛んだからだった。食いちぎられたかと思うくらいの痛みに思わず悲鳴のような声が出た。傑は噛み付いたあとすぐ、そこへ舌を這わせた。ぬるりとした感覚が痺れた肌に乗った。傑の舌はひんやりとしていたような気がする。

「痛かったかい、なずな」
「めちゃくちゃ」
「そうか、ごめんね」

謝ってからもう一度噛んだ。最初と違って優しい痛みだった。生暖かいなにかが触れて、思わず指を這わした。先が濡れたから、傑が泣いているのだとわかった。持ち上げた顔をみたら、やっぱり涙が頬を転がり落ちていた。

「泣いてるの?」
「泣いてないさ」
「ほんとうに?」
「ああ、本当に」
「嘘だったら針千本飲ませるからね」
「……それは怖いな」

声は笑っているようだったのに、傑の顔は笑っていなかった。そのアンバランスさが妙に頭に残った。
そうして傑はやっと上から降りて、滑り込むように私の体を抱いて寝た。すうすうと、わざとらしいくらいの寝息を立てて、眠った。しばらくそれを聞いていたが、そのうちに眠くなって寝てしまっていた。朝になると傑は居なかった。そうしてそのまま居なくなった。

噛まれた場所は、傑のように赤から青へと変わっていた。傑が居なくなった今、あれが現実だったのか夢だったか定かでなかった。都合のよい幻のようなものだったのかもしれないし、夏油傑という人間が確かにそこに立っていたようにも思う。

「傑」

今はただ、噛まれた頸がじくじくと痛む。


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