学校から帰ってきて一番初めにするのは紺色の上着を脱ぐ。夏は赤い色をしたスカーフと紺色の靴下を脱ぐ。
それが終わったら手を洗ってうがいを。そして部屋に戻ってお気に入りの曲をコンポから流しながらロフトで横になる。
毎日毎日、それが私の生活スタイル。もちろんそれが変わる日もあるけれど、殆どがそう。

今日だって、そう。私は冷房をつけて冷たいそれが一番当たるロフトで寝転がる。
薄手のタオルケットに包まって、スカートが皺になるのも気にしないで寝返りを打つ。
そして襟元にあるスカーフも取り払って、開放的になったそこをそのままに、仰向けになればもう私を縛るものは無くなる。

気持ちよい、気持ちよくてもう寝てしまいそうだ。
枕の下にある携帯が微かに震えているのも分かっていたけど、それを取る為の腕も瞼ももう動かない。


トントンと、一定のリズムを刻みながら近づいてくる足音。
一体眼を閉じてからどのくらいの時間がたったのだろう。でも、そんな事を考えるのも、時計を見るのも面倒くさい。
どうせ、上がってきている人物は誰だか分かっているのだ。さっき私の携帯を鳴らしていた人物も誰だか。

「なずな」

短いノックを三つ。私の名前が呼ばれるのは必ずと言っていいほどドアを開いた後だ。
その癖を治せといっても治さない彼は頑固者。でも、治せといいながらもさして気にしてない私も私。

「へーちゃん」

名前だけ呼ぶ。でも返事は無い。当たり前の事だから気にもしない。こんな近い場所でお互いのことを確認する必要など無いから。
兵太夫はドアを適当に閉めるとまるで自分の部屋に入るようにずんずか足を踏み入れる。これも当たり前。
私だって兵太夫の部屋に入るときは同じ。見なくても分かる、私たちの暗黙の了解。

「へいちゃん」

さっきよりもはっきり名前を呼ぶ。でも返事は無い。それでも構わない、兵太夫はここに居るのだから。
ぱらぱらと何かをめくる音がする。まぁ大体予想はつく。昨日買った音楽雑誌か授業のノート。それも数学。
お互い別の音楽雑誌を買うようにしてる。そうすれば両方読めるから。数学のノートは兵太夫が得意ではないから。
代わりに私は彼の部屋で国語のノートを見る。私は国語が苦手だから。お互いに協力しあってる。

開いていた何かを閉じて、兵太夫はまた部屋を物色する。
今度はコンポに手を伸ばす。私のipodを外して、自分のそれをセットして昨日出たばかりの好きなバンドの曲を流すだろう。
……ああやっぱり。後でそのCD貸してって言わなきゃ。私たちは好きな音楽も一緒。
ううん、一緒になっていく。彼が好きなものを私に教えて、私が好きなものを彼に教えるから。

「兵太夫、今日は委員会ないの」
「綾部先輩がどっか行ったからなくなったんだよ」

やっと返事をした兵太夫は、私が飲みかけていたお茶を飲んでいる。喉の鳴る音がする。私も飲みたい。
残っていたカロリーメイトも食べているに違いない。カリッとかじる音がした。畜生、私のチーズ味。
眼を閉じていても分かる。兵太夫のことなら何でも分かる。きっとこの眼が見えなくなっても、この耳が聞こえなくなっても分かる。
でも、それは寂しい。大好きな兵太夫の優しい声も、悪戯を思いついたときの笑顔も見れなくなるなんて。酷だよね。

「団蔵は」
「部活」
「三治郎は」
「彼女」
「伊助は」
「染物練習」
「あっそ」

傍から見たらそっけない会話らしい。前に友人に言われたことがある。私たちはそうは思わないけど。
一言言えば一言返ってくる。私たちはそれで十分に伝わる。回りくどい言い回しが嫌いなの。私も兵太夫も。
そんな問いに答えながら兵太夫は携帯をいじっている。大方相手はデート中の三治郎か金吾。はたまた庄左ヱ門か。
まぁ、仲のいい仲間内に決まっている。相手は大概私と同じ。眼を閉じてから最初に鳴ったバイブの後に続いたのはきっと喜三太。
来週同窓会をするって言ってたからそのお知らせ。兵太夫も着たはず。でも、彼もまだ返信はしていない。きっと。

「来週同窓会だって」
「しんべえも来るのかな」
「来るって、三治郎が言ってたから」
「行こっか」
「返信しとく」

ほら、私もしてないもの。私が聞きたかったことを聞いておいてくれる。返信も一緒にしてくれる。
私と兵太夫は見えない何かで繋がってるんだと前に三ちゃんに言われたことがある。兵太夫はどうだろうねと笑ったけど私はあながち間違っていないと思った。
だってそうじゃなきゃ、こんなに私は兵太夫の事分からない。兵太夫だってきっと分からない。
ずっとずっと昔から、私と兵太夫は何かで結ばれていたんだって、いつからか思うようになった。

「なずな」

名前を呼んでその場を立つ。そしたらもうやることは一つ。クライマックスだ。
首元に纏わり着く髪を後ろで結って、ベストを脱いで椅子へかける。Yシャツはズボンにギリギリ収まってる絶妙な入れ具合。だぼっとしてるのがいいらしい。
そして彼も私と同じように縛るもの全てを外すと、部屋の鍵をかちゃんと掛けて冷房の温度を2度上げる。
ロフトに上がると私が設定した温度じゃ寒いんだって。寒い中タオルケットに包まるのが良いのに。

リモコンを元の場所において、いよいよ彼がロフトへ繋がる道をあがってくる。部屋に来るときと同じように、とんとんと同じリズムを刻んで。
そして、私を包んでいたタオルケットを半分奪うと隣へ転がる。少しだけ触れる彼の肌が熱い。

「へいだゆー」
「なに」
「目が開かない」
「開くだろ」
「仲良しこよしで開かない」
「あっそ」

寝転んだ兵太夫が忙しく身を起こす。目を閉じてたって分かっちゃうんだから。まったく私も始末に終えない。
ギシリとスプリングが軋む音がする。私の体重と、彼の左腕にかかった体重を支えているのだから鳴ったっておかしくない。これももう古いから。
ギッともう一度スプリングが鳴くと熱が私に伝わってくる。彼の息遣い、見てないのに表情まで見えてくるみたい。

……ほら、やっときた

「へいだ――」
「ん」
「……ゆう」

名前を呼び終える前に私の唇を美味しく頂かれた。でも、最初から分かってた。彼が私の隣に来てこうする事くらい。
けれどね、兵太夫も私を見透かしていたんだよ?全く、彼も始末に終えないわ。



溺れてる
(お互いがお互いに)



(20101203)


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