夏服になって、今までのスカートだとちょっと暑苦しい。そう思ってクローゼットを漁って出てきたのがこれ。
お姉ちゃんが在学中に穿いていたものだけど、まだ全然穿けるから私が貰う事にした。それとリボンも一緒に付けて行こう。ウエストサイズも丁度いいし、生地も薄めだから風通しが良くて涼しい。自転車に乗ったら気持ちが良さそうだ。

そんな事を考えながら私は徒歩で学校へ続く道のりを歩く。六月初めといいながら、もうむしっとした暑さがある。そこに少し吹く風がスカートを通って気持ちが良かった。やっぱり探して良かったなぁ。

学校に着くと、夏服の生徒で溢れ返っている。やっぱりみんな考えることは同じなのだ。
でも、その中にはカーディガンを羽織っている子もいれば夏服を涼しげに着こなしている子もいる。
私はといえば、普段は赤いスカーフを巻く襟もとに、以前はあったはずの略装用のリボン。
そして、二の腕が少し出る上着を着て、御下がりの紺色の夏用プリーツスカートを穿く。
リボン以外は皆と同じ格好のはずなのに、なんだか一人全てが違うような気がして気持ちが上がる。

「あれ?これってうちの指定?」
「ううん、お姉ちゃんの。前は略装であったみたいなんだけど」
「そうなんだ〜にしても可愛いわね」

カーディガンを上に羽織ったユキちゃんが、私のリボンを見るや否やそう言って近寄ってきた。
私はリボンに手を伸ばした彼女にそう説明すると、良いなと言いながらそれを物色している。きっと私も誰かが付けてたら、そうやって見てしまいそう。お姉ちゃんに感謝しなければ。

「笹山もそう思うに違いないわ!」
「そうかなぁ」

ユキちゃんはそう言って何故だか張り切っていたけど、私はどうもそうとは思えない。
その話は先生が来たせいでそのまま終わってしまったけど、私は授業中もその話を頭に思い浮かべていた。
兵太夫もいつもと違う事に気が付くのだろうか。もしかしたらもしかしたで、彼女のように「可愛い」と言ってくれるのだろうか。

でも、付き合いを始めてきて彼がそう言った試しはないに等しい。……あれ、あったっけ。
髪を切った時も、新しく買った洋服を着た時も、部屋を模様替えをした時も彼はいつもの調子で「ふーん」とか「そっか」とかいった言葉を並べて返していた。だから、大した期待はしていない。期待しない方が身の為。

もう考えても無駄と判断した私は、そう思った時から考えるのをやめて授業に集中し始めた。
それから時計の針は何周かして、お昼御飯をいつもの友達と、いつもと同じおかずが詰まったお弁当を食べて。
眠たくなる瞼をこすり、一生懸命ノートを取って先生の発言に耳を傾ける。寝たい。けど駄目。

そんな事をしていればあっという間に学校生活は終わり、教室には夕日が差し込む時間になっていた。
私は返却期限が今日までの本を読んでしまおうと教室に残っていた。でも、いつのまにか寝てしまったらしい。時計は既に18時を指していて、図書室はとっくに閉まっている時間だ。中在家先輩には悪いが、今日の返却は諦めよう。
開きっぱなしで少し跡が付いた本を鞄に突っ込んで、ボサついた髪もそのままに教室を飛び出す。

「・・・あ」

何度か鳴っていたらしい携帯画面を確認して、とりあえず急ぎの用件のメールだけを返す。画面に集中力を注いだまま早歩きで廊下を進んでいると、遠くの方で部活帰りだろう団蔵の姿が見え始める。
普通に歩いているはずの団蔵は、私の早歩きよりも速いペースでこちらに向かって来て、それはついに私の前にやってきた。

「おー!なずなじゃん!」
「団蔵。今日は一人?」
「いや、兵太夫と金吾。それに三治郎も一緒なんだけどさ」

私も彼も後ろを振り向くがまだ二人の姿は見えてこない。彼、団蔵は結構な早歩きなのだ。三人が来るまでの間、夕日が差し込む廊下で男女二人談笑しながら待っていると廊下の先に三人の姿が見える。三治郎が大きく手を振っているから、私たちもすぐに手を振り返す。その時だった、私の胸元に団蔵の視線が移った。

「そういや見慣れないリボン付けてんだな」
「うん。お姉ちゃんの引っ張ってきた」
「そっか。似合うじゃん、可愛いよ」

歯を見せて笑う団蔵は、カッコいい男の子だ。でも、お互いに恋愛対象じゃないのを分かっているから私も彼も漫画のようにこんな時にドキドキなどとしたりしない。ありがとうと照れて笑うくらい。
そんな事をしている間に金吾と兵太夫、続いて三治郎が私たちの傍までやって来ていて。お疲れさまと言葉をかけると、兵太夫と三治郎の笑顔とは対照的に金吾はぐったりとした表情を見せた。

「七松先輩もうやだ……」
「ああ、サッカー部は大変そうだもんね」
「大変なんてもんじゃないよ!」
「よしよし、お姉さんが飴ちゃんあげよう」

生気を奪われたと言っても過言ではない状態の金吾に、バックから数個取り出した飴ちゃんを手に乗せてやる。
少しでも疲れが和らげばなんて思ったけど、金吾はそれを口へ放り込んでもやっぱり疲れ切った顔をしていて、なんだか少し可哀想に見えた。
顔には出ていないけど、三治郎も団蔵も運動部だからきっと疲れているんだろう。それに比べて兵太夫は、作法委員だけだからけろっとした顔をしている。

……にしても、なんで兵太夫はずっと黙っているんだろう。彼は一体何を見てる?
気になって兵太夫の視線の先を追うと、ある一点に辿り着く。それは私と団蔵の方向。そして、私のスカートの辺りだ。
何かおかしいだろうかと三人を見るが、兵太夫の横で団蔵が一人ぺらぺらと話すのを、一生懸命三治郎と疲労感たっぷりの金吾が返していた。

「お前、いつもより短くないか?」
「え?」
「スカートだよ」
「ああ、」

黙っていた兵太夫が突然口を開いた。かと思えば、指摘したのは今日引っ張り出してきたスカートの丈。この発言から、彼の見ていたのはスカートで間違いなかったらしい。でも、言う程にこれは短いだろうか?

疑問に思い皆の顔を見回すけれど、三ちゃんはニコニコしてるし、団蔵と金吾は分からないといった顔で私のスカートのあたりを見ている。
しかしなんだこの状況は。年頃の男の子たちに囲まれて、スカートの丈をじっくり見られるなどなかなか経験できるものではないだろう。

「切ったスカートだからかな」
「ふーん」

今思い出したが、お姉ちゃんは在学中にせっせこ自分で丈を詰めていたっけ。だから、私が普段折って穿いているスカートよりも短いのか。
でも、大して変わらないと思っていたからちょっとビックリする。兵太夫は変な所で勘が良いんだ、いつも。

気が付けば、隣の会話はいつの間にか部活の話からクラスの可愛い子の話になっていた。
それを小耳にはさみながら、私が眉を顰めて兵太夫の顔を見ると彼は少しずつ口許を上げて行く。やばい、やばいかも。

「……ちょ」
「お姉のか。そんなに出してると触りたくなるじゃん」

触りたくなる、というのは間違いであろう。もう触ってる。

私が本能で『やばい』そう思った時にはもう遅かった。
だって、口元が上がりきった時には彼の腕が伸びてきて、一瞬にして腕の檻に閉じ込められる。そして左手はスカートから覗く太ももを撫でているではないか。

「もう触ってるけど」
「ああ、そうだった?」
「へんたーい」

するすると厭らしい手付きで私の太ももを撫でまわす兵太夫。この人は恥ずかしいという感情を持っていないのだろうか。
いつも一緒に居た三治郎なんかは慣れたもんだと、そんな顔をしてるけど、団蔵なんて顔を真っ赤にして私たちを見ている。ああ可哀想なことした。
金吾に至っては固まってる。もうなんか、ごめんなさいと心から謝りたい。

そんな友人たちの様子を知ってか知らぬか、兵太夫は動かす手を止めるつもりはないらしい。強いて言ってしまえば、もっと先に進めようとしている感が否めない。

「兵太夫?!」
「なずなうるさい」

檻に閉じ込められたままふて腐れたように睨みつけるけど、それは彼の一喝で飛ばされていく。
そのままじっと見つめてくる兵太夫。彼の瞳にはもう私しか映っていない。私だってそう、もう兵太夫しか見れない。
……でも、近づいてくる彼の唇をこのまま受け入れる訳にはいかない。変わり者の彼氏のせいで感覚が鈍ってきた私だってそれくらいわかる。

いくら何度も見た事がある三治郎にでも、そんなに何回も見せるものではない。
それに金吾も団蔵も、昔から仲が良くったって親しき仲にも礼儀ありだ。ありなのに!


していい?
(私は嫌だと言えない)



(20101205)


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