触れたいと、願った時に君は遠く。私はいつも空っぽの手のひらを握りしめていた。


さらさらと風に乗る髪の毛がとても綺麗だった。吊り上った大きな瞳が映す世界はどんな風に見えるのだろう。
整った形の指の中に、ひときわ目立つ指がある。切り傷がたくさんあって、そこだけ皮が厚い。彼の勲章、努力の証。
大きな声だけれど、耳に馴染みのいい声。声変りをしたとしてもきっと素敵な声になるだろう。


思えば思うほどに、考えれば考えるほどに私は平滝夜叉丸が好きで好きで仕方がないとみえる。膝の上で浅い眠りにつく彼の髪を触るとさらさらと指から流れ落ちていく。
今は閉じられている瞼の奥にある瞳が私を見ると、一気にそこに吸い込まれてしまいそうな程に大きい。無造作に投げ出された手に自分の指を添わす。人差し指にできた傷は随分と薄くなっていた。千輪を使うのがとっても上手くなったもの。
今日も朝から聞こえていた声。体育委員で委員長に次ぐ上級生だから、頑張ってみんなをまとめて助けて。誰よりも見栄っ張りでプライドが高い彼だから、口に出すことは出来ないけれどその行動が優しさを滲ませている。
後輩たちがうっとおしそうな目で見ている時も勿論あるけれど、慕ってくれている子も沢山いる。私の事のように嬉しかった。誰よりも、いつも彼を見ていたのだから。

「なにを笑っているんだ」
「起きていたの?」
「そんなに見つめられていればな」

膝の上で眠っていた平滝夜叉丸は私の頬を撫でる。目を閉じて彼の体温を感じていると彼はまた「何を笑う?」と聞いた。私は昔の事を少し思い出して、笑っていたのだと伝えると納得したように頷いた。
私と滝夜叉丸は今でこそいわゆる恋人という関係であるが、昔は一方的に私が彼に想いを抱いていた。廊下で見かければドキドキして動きを止め、食堂で同じ机になれば味噌汁をひっくり返し。
実習で一緒になったときは足を引っ張らないようにと張り切り過ぎて前日に熱を出したりなんてしていた下級生時代。滝夜叉丸はそんな私にいつも優しくしてくれた。みんなが言う平滝夜叉丸を私はよく知らない。
私の知っている平滝夜叉丸はとても優しくて、努力家で、でも意地っ張りで見栄っ張りで。そんな彼が大好きだった。初めて会った時から私は滝夜叉丸が好きだった。

「あの頃のなずなは本当にお転婆だったな」
「緊張して仕方がなかったの」
「私だってお前に会う度、緊張していた」
「本当?」
「ああ、お前は全く気付いてなかっただろうがな」

大きな瞳が私を見た。照れてるのだろうすぐにそっぽを向いた。あらあらと声を出すと、恥ずかしいことを言わせるなと怒られてしまった。言ってきたのはそっちなのにね。この理不尽さも滝夜叉丸はらしいと思ってしまうのはやっぱり恋の力だろう。
目を閉じてしまった彼の手に指を絡ませる。驚いたのか一瞬だけ体が動いて、でもすぐに指から反応が返ってきた。名前を呼ぶと、不機嫌そうに返事をした。目は閉じたまま。

「私、滝の事が大好きよ」
「なんだ藪から棒に」
「ふと思ったの。昔からずっと好きだったけれど、今はもっともっと好きだなって」
「……私も、お前を一等愛しているよ」

相変わらず目は閉じたままだったけれど、見えない瞳で私を見ているかのように真っ直ぐな言葉だった。
彼の一挙一動で、私はとても大事にしてもらっているのだと実感できる。嬉しくて口許に笑みが浮かんだ。
ふと、目に入る繋いでいない寂しく投げ出されたままの手。触れられる場所があれば、触れることを許されるならずっと触れていたいと思うのは愛しているからだと思うの。
だから、私はすぐそこに手を伸ばすのだ。


一等に


触れたいと思った時に君は近く。私はいつも君の手を握りしめている。


(20111023)


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