私と彼はいわゆる腐れ縁というやつで。
学校が変われども、クラスが変われども、私の近くにはいつも彼が居た。

「……あ、居た」

それがキッカケだったかなんて事は忘れてしまったけれど、私は彼に友情以上のモノを持っているが普段は知らんぷりをして生活をする。
それは、この腐れ縁という関係を少なくとも楽しんでいるからで。無くなってしまう寂しさを感じたくないから。だから、まだ知らない振りをしたいのだけど。

「そっか。似合うじゃん、可愛いよ」

夕日が射す廊下に、団蔵と兵ちゃんの彼女の姿が見えた。
彼がいつも見せる笑い顔が橙に染まっていて、いつもよりなんだかキラキラして見える。
兵ちゃんの彼女とは何度か話した事があるから別に嫉妬なんてしない。だって、兵ちゃんの彼女だし。
だけど、団蔵が何の気なしに言った「可愛い」の言葉が引っ掛かってしまったのは事実な訳で。

「私には言わないくせに」

私以外の女の子にはすぐに可愛いっていうんだ。彼女だけに言ってる訳じゃない。
ごめんね、兵ちゃんの彼女さん。ちょっとだけ嫉妬しました。
心の中で謝罪しつつ、私は団蔵と彼女の背中を見つめたまましばらくそこに突っ立っていた。


****


「しっかし、アイツ等にはやられたわー!」
「うん。あれにはビックリした。にこにこしてる三ちゃんにもビックリしたけど」
「つーかなずな、居たんなら声掛けろよな!」

実は、あの後も暫く二人の背中を見つめながら突っ立っていた。
そうしたら三治郎と金吾、そして兵太夫が歩いてやってきた。
彼らの事はもちろん知っている。団蔵の大事な友人たちだから。

彼らとの距離が近づくと、三ちゃんだけが私に気が付いてにこっとした。
けれど、それ以外の皆は私に気が付いていないようだった。わざわざここで声をかけるものなんだと思い、話が終わるまで待っていようと思ってたんだけど。
兵ちゃんたちがまさか、あの、キ……キスするもんだから思わずビックリして腰抜かしちゃって。

「なずな?お前一人でなにやってんだ?」
「あ、あはは。団蔵迎えに来たんだけど……」

こけた音が思った以上に大きくて皆がすぐに振り向いた。でも、兵ちゃんたちはまだしてたからもう見ない事にした、全く恥ずかしい。
真っ赤な顔で廊下に座り込んでいると、小走りで駆け寄ってきた団蔵が腕を引っ張って立ち上がらせてくれた。
そして、そのまま「俺たち帰っから!」と腕を引いたまま学校を出て今に至る。

「まぁ、仲が良いって事で良いんじゃない?」
「ふーん。それが顔真っ赤にしてたやつの言う事かよ」
「なによ!アンタだって顔赤かったくせに!」

自転車の荷台にまたがって家に帰る。歩きで通っていた中学は一緒に徒歩で、高校に上がってからは彼が漕ぐ自転車の後ろが私の特等席だ。
だからいつも団蔵の部活が終わるまで待っている。待たずに帰ったって良いのだけど、少しでも一緒に居たいと思う自分が居る。
我ながら乙女だなぁと、どこか冷静な心の隅っこから自分を評価する。
そんな事を考えている間に家に着く。学校が近いのはいいことだけど、こんな時ばかりは少し遠くなってくれないだろうかと思ってしまうのは我儘だよね。

「明日の朝は俺、早いから一人で行けよ」
「放課後は?」
「多分平気!じゃな!」

歯を見せて笑った団蔵は昔と変わらない気がするのに。いつの間にあんなに男らしくなったのかな。
小さくなっていく背中は小学校の時よりも遥かに大きくなっていて、自分はどのくらい変わったのだろうかと少し疑問に思った。



****




少しだけ早く起きて、姉のクローゼットを荒らしていた。
自分でもどうかと思うが、私も兵ちゃんの彼女と同じリボンをしてみようと思ったのだ。
奇遇な事に、自分の姉も同じ高校に通っていたからリボンがあるはず。そう思って探してみるがなかなか見つからない。

昨日の夜に探しておくべきだったかな、と時計を睨みながら出した物をしまった。
お目当ては見つかったけど、時計の針はかなり進んでいる。これでは遅刻ギリギリ。いやもう諦めた方が良いかもしれない。
巻いていたスカーフを鞄に突っ込み手に持つそれを結んだ。そして、履き慣れたローファーで学校までを全力疾走をしたのだけど。

「三宮。もう少し早く来るように」
「……すみません」

努力も虚しく出席を取り終えた頃に教室のドアを引いた。そして、担任からお小言。
はぁ・・・これは何もかも団蔵のせいだぞ。頭にお気楽そうな奴の笑顔が出てくる。
きっとアイツは今頃、朝連疲れで寝ているだろう。なんかムカつくかも。

「なずな〜朝から大変だったわね」
「全くだよ。このリボンのせいで」

溜息を聞いて、隣に座るトモミちゃんがそう言った。彼女は綺麗なロングヘアーを携える美人である。全くもって羨ましい。
彼女を見てもう一度吐いた溜息。首から下がるリボンを指でいじっているとトモミちゃんが興味ありげな瞳で私を見た。

「あら、可愛いリボン」
「そうでしょ?団蔵に可愛いって言ってもらおうと思ってね」
「加藤に?アイツいっつも可愛いって言ってない?」
「……そうかな」

トモミちゃんは心底不思議そうな顔でそう言った。それは当り前だ。
普段の団蔵は可愛いと平気で言える男の子なんだから。
でも、私には一度として言ってくれたことなんてない。腐れ縁の私はもう女の子の枠から外れたのだろうか。

グダグダ考えながら、私は早く放課後にならないだろうかと朝と同じく時計を睨む。
でも、一分はいくら睨んでも変わらないのだ。チクタクと刻む時間をぼーっと見ながら一日は過ぎて行く。

授業なんて耳に入らなかった。今日一日リボンと団蔵の事でいっぱいいっぱいだったから。
・・・いや、これはただの言い訳にすぎないけれど。まぁ良い事にしよう。
そんな事を考えながら、昨日と同じく夕日が指す廊下を歩く。
今日は団蔵を教室まで迎えに行く。なんでも、教室に忘れ物をしただとか。

「団蔵、帰るよ」
「おー」

クラスの扉を開くと、窓辺から校庭を眺めている姿が目に入る。風に乗った髪がふわふわと柔らかそうに揺れていた。
彼は私を見るや否や、こっちに来いと手招きをした。勿論それを無下にする事もないのですぐに窓辺へ歩み寄っていく。

「なに見てたの?」
「いや、特には」
「そっか。ねぇ団蔵、これ見て」

外に向いた視線が私の指先を見た。すると、頭に?を浮かべたがすぐに分かったようで手を叩いた。
そして、リボンをまじまじと見ながら外を見た。そしてこちらをもう一度見て一言。

「なにそれ、兵ちゃんの彼女から借りたの?」
「違うから!」
「ふーん。まぁ早く返せよ!」

だから違うっての!私の言葉が虚しく教室へと響いた。
きっと外に居ただろう兵ちゃんたちを確認するために窓の向こうを見たのだろう。ったく、変なとこまめなんだから。
しかし、やっぱり私には可愛いって言ってくれないのか。
女の子として見られていない事を改めて実感してなんだか凹む。これは悲惨だ、悲惨すぎる。

「なんか悲しい……」
「はぁ?なんで?」
「団蔵が馬鹿だから!」

はぁ、とワザとらしく吐いた溜息。
団蔵はますます分からないといった顔をしたけど教えてなんてあげないんだ。
しかし、なんだか一気に気が抜けてしまった。団蔵の隣に腰掛けて同じように外を見た。

すると、サッカー部のユニフォームだろうか。
取り合えず大きなジャージを制服の上から羽織った女の子が見える。
多分彼氏のジャージだろう。ああいう姿を可愛いと思う自分が居るがまぁ無縁の世界だろうなぁ。

「ん?団蔵?」

でもやっぱり少しだけ羨ましくなって団蔵を見てみると、彼も同じ子を見ていたようだ。
目が合うと「ちょっと待ってて」と言ってロッカーに向かって足を進めていく。
そして、すぐにそこから部活ジャージを出してみせた。黄色と紺の二色で組み合わされたそれ。
派手とも地味とも言えない。でも、不思議と陸上部の子たちが着ていると格好良く見えるのだ。

「ちょっとこっち来いよ」
「え、あ・・うん」

先ほどと同じように手招きをされて、私は彼の傍へと歩み寄って行く。
改めて並ぶと、身長差も体格差も感じるような気がする。普段はこんな事思わないのに。
団蔵が私の腕をとってジャージに通す。近くに寄る顔が、吐息が、熱い。

「うん。似合うじゃん、可愛いよ」
「可愛い?これが?」
「うん」

団蔵の匂いがする大きなジャージに身を包まれて、私はすっかり外に居た女の子と同じ状態になっていて。
それを見て満足そうに頷く彼から、私がずっと欲しい欲しいと思っていた言葉が簡単に零れ落ちていた。

「今、可愛いって言った」
「え?だって可愛いじゃん。俺のジャージ着たなずな」

当り前の事のようにそう言った団蔵はなんだかやはりずれている気がしてならない。
でも、それでも私には最高に嬉しい言葉なのだ。だって、彼が世界で一番好きなのだから。

私が嬉しくて抑えきれず笑みを浮かべていると、団蔵はもう一つ可愛い理由があると言った。
それはなんだと聞くと、彼は歯を見せていつものように笑って言うの。

「なんか「俺の彼女です!」って言ってる感じがして良いじゃん!」

うん、やっぱり良い!と言う団蔵はなんだかオヤジ臭い。
そしていつ彼女になったのだろうか知らないけれど、どうやらこの先も彼の隣に居ても良いようです。






沈んでく

君のその言葉が、心に




(20110513)


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