話しだしたら泣けちゃうんだ。思い出してしまって涙が出てしまうんだ。
嗚咽が出るくらいに泣けて泣けて。いっそこのまま忘れてしまえたら、と思うんだ。
会う度に想いが強く、厚く、何層にもなっていって。些細なことで幸せを感じるようになるのに比例して
手を振って別れた後にのしかかる悲しみも同じように厚い層になるんだ。
会わない方が幸せに、好きでいられることだけに幸せを感じていよう。
近くにいられなくても、姿を見られるだけで幸せなんだと思うようにしたけれど
そんな事、連絡を取り始めたら都合よく忘れて「また、遊ぼうよ」とバカの一つ覚えのようにメールを送るんだよ。
返事が来るまでの時間はどんな事をしている時よりも長くて重たくて。心臓がぎゅっと縮こまるのを感じる。
いいよ、そんな一言の返信が来たら縮こまった心臓がよりいっそう小さくなっていくんだ。
会わない方が、なんて考えていただろうか。それくらいに軽い気持ちになって、来ていく服を何週間も先なのに今から考える。
普段はしないところまで手入れをして、少しでも綺麗になりたくてダイエットの真似事までして悪足掻き。

「いまどこ?」
「駅、ついたとこ」
「駅ビル近くにあるドラッグストアの前にいるから」
「え?ドラッグストアなんてないよ?」
「あるって。どこ歩いてんだよお前」

機嫌悪い。なんて思ってもそれすら嬉しくて。いつもはかかってこない電話がこの時ばかりはかかってくるから。
車の助手席に乗り込んで、ご飯を食べて、ただただ一緒の時間を過ごすだけで幸せいっぱいで。
なにが、なんてない。一緒に居られて、言葉を交わしている事実だけで心臓がぎゅっと小さくなって緊張して、ご飯が食べられなくなる。
昨日まで普通に食べられていたご飯が、一口二口でいっぱいになる。恋はいろいろなものを奪っていくんだ。

「明日早いから」
「うんわかってる」
「ゆっくり居れないよ?」
「わかってるよ。それでもいいし、私も予定あるから」

強がってみるけれど、会う度に短くなっていく滞在時間に焦りを感じてないなんて嘘なんだ。
予定があるからいいなんて、わざわざ言わなくてもいいのに伝えるのは。こうやって強がらないと笑顔でいられないんだ。
私にだってほかに楽しいことがあるって、アピールしないと。夢中だと思われたくない。自分ばかり好きだなんて思われたくない。
そんな事、無駄かもしれないなんてわかってる。好きだって顔に書いて会いに行ってるようなもんなのだから。
けれど、少しでも盾がないと口から出てくる女の子の名前一つ一つに嫉妬して泣きたくなってしまうんだよ。
そうなんだ、いいね、なんて口先だけで。また違うこの名前、って思って。私はいったいどこに居るのかな?って聞けない質問をぐるぐると頭の中に泳がせる。
泳がせたまま、止まることはない。止まってしまったらどこかが死んでしまうような気がするんだ。泳いでいないと死んでしまうマグロのように。

「ありがとう楽しかった」
「ああ、じゃあね」
「また遊ぼうね」

返事はなくて。次はいつ会えるのだろうと想いを馳せる。もう会えないんだろうなって、期待しないようにもする。
バカみたいに考えて、姿を見かけたら嬉しくって一人で笑って。ああ、この匂いって会った時のことを思い出す。
するとやっぱり好きだなってまた思ってしまって悪循環に陥る。恋って本当に面倒くさい。何より自分が面倒臭い。

「なずな」

最後に名前を呼ばれたのはいつだっただろう。もう覚えていないくらい昔かもしれない。
昔って言っても数か月前なのに、何年も前のように感じるのはどうしてなんだろう。
忘れたくても忘れられないのに、ずっと昔に感じるっていうのは矛盾しているよな、と思う。
人間の記憶はとても曖昧だから私の脳が勝手に作り上げた声なのかもしれないとまで思うよ。

「三宮さん」

苗字では呼ばれるんだ。皆には内緒だから、敬語を使って、苗字で呼び合って。
挨拶だけする関係が、私たちにはずっと付きまとう。これがうれしくもあるけれど、悲しい壁だとも思う。
こうやって内緒にして話している時だけは、私たちにあるのは知人という関係性だけ。だから、何も考えないで話せるんだ。
私情を持ち込んではいけないから、知らないふりをして話せる。きっと恋心が終わっても、この瞬間だけは戻れるんだ。

「バカだよね。」
「近くにある幸せをこんなに感じてるのに、わがままだよね。」
「いつからこんなに、欲張りなのかな。嫌な子。」

失恋ソングを聞きながらパソコンに向かって本人には言えない言葉を投げつける。
学校も、恋人も、友達も、全部全部満足いっているのに。
話してしまったから、関わることはないだろうと思っていたのに関わってしまったから。
初めて会った時から奪われてた視線は、もう元には戻れなくなってしまったんだ。

「ねえ、団ちゃん。私を幸せにしてくれる?」
「当たり前だろ!なずなには俺しかいないじゃん?」

そう言われて心底嬉しいんだ。幸せで涙が出るんだ。でも、私は貴方に沢山の嘘をついています。
私にはもう一人、大事な人がいます。その人のことを、忘れられません。恋人になりたいと、思っています。

「ずっと一緒に居ようね?」

もし、その人が振り向いてくれる時が来たら

「そんなの、今更だろ!俺にはなずなしか居ないんだから!」

きっと、貴方との道を歩めないということを。

「あ、兵太夫!」
「おう、今から?あ、三宮さんおはよう」
「おはよう、笹山くん」

私たちには何もない、とわざとらしく描いたその表情に私は心の中で笑う。


滑稽


ポーカーフェイスな兵太夫が憎い。好きで好きで、憎いんだ。


(20130128)


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