しとしとと音をたてて降る雨にひとつ溜息。雨が嫌いなわけではないけれどプリントをたくさん抱えて職員室に行かなきゃいけない時は憂鬱になる。
なんせ階段は雨水で濡れていて滑りやすいのだ。どんくさい事を認めたい訳ではないがうっかりしているとそれに足を取られてプリントをばらまきかねない。
こういう時に限って手伝ってくれるようなクラスメイトは見当たらないし、どうしたもんかな。溜息をつきつつ廊下を進んでいると一人の男子生徒を見つけた。

「あ、宮地くん」
「・・ああ三宮か。なんだか凄いな、そのプリントの山」
「はは、ちょっと頼まれちゃって」
「お前もお人好しだな。少し貸せ、持ってやる」
「じゃあお言葉に甘えて、助かります」

廊下の端でプリントの山を少し渡す。宮地くんはそれを軽々しく持って「どこに持っていくんだ?」と言った。陽日先生の所だと説明するとテキパキと足を動かし始める。
歩くスピードが速い宮地くんの後を半ば競歩のような形で追いかけつつ、さっきは廊下で何をしていたのか聞いてみた。
すると、うまい堂のロールケーキを予約するために電話をかけていたのだという。相変わらずスイーツ好きだ。そこらの女子よりも女子力は高いかもしれない。

「そういえば私、この間限定の抹茶シュークリーム食べたよ」
「ああ。あれは美味かったな」
「あ、やっぱり宮地くんも食べた?ちぇ、自慢出来るかと思ったのに」
「俺に勝つにはまだまだだな、三宮」

やっと隣に並んだ所で、二人顔を見合わせて笑う。宮地くんのスイーツ好きには勝てないが私もなかなかの甘いもの好きだ。だけど宮地くんの場合はなんかもう甘いものが好きでくくれない気がする。
月子ちゃんに聞いた話だと、合宿中にオムレツにホイップクリームを乗せて欲しいと言ったらしい。断じて私はそう言った事は無いので覚えておいてもらいたい。
一人その話しを思いだして笑っていると宮地くんは「なんだ?」と険しい顔をした。内容を説明すると、恥ずかしいのか顔を少し赤らめて「夜久の奴……!」と小言を言っていた。その姿はなんだか子供のようで可愛らしい。

「まあまあ、宮地くんの甘いものへの情熱はそこまでなんだって事がよくわかりましたよ」
「でも、お前も好きだろう?ホイップクリーム」
「好きだけど、オムレツにはかけないかな」
「……そうなのか?」
「そうです!」

やっぱり彼は私もオムレツにホイップクリームをかけると誤解していたようだ。何度も言うようだが私にそんな趣味は無いので覚えておいてもらいたい。
でも、宮地君とスイーツ談義をするのはとても楽しいのだ。同じクラスの友人を通じて知り合った時はなんだこの顔が怖い人とか思ったけど、甘いものが好きだと知った時からは怖い顔すら可愛く思えるものだ。
別に今は顔が怖いとか思ってないけれど、眉間による皺はどうにかした方がいいんじゃないかとは思ったりする。だって常に寄せてるんだもの。まあ、甘い物の話をしている時はあまり難しい顔をしていないから良いのだけど。

「おい三宮!」

笑顔でもないが難しい顔はしていない宮地くんを見ながら歩いていると、急に名前を呼ばれた。その声に振り向くと宮地くんはとんでもなく驚いた顔をしていて。何事だろうと思った時には私の足元はバランスを崩していた。

「う、わっ……!」

我ながら可愛くない驚き方だったと思う。でもそんな事に気を配っている余裕はなかった。宮地くんに呼ばれた時、私は階段に差し掛かっていてそこに足を踏み入れた瞬間、そこにあると思った段差がない事に気が付いた。
そして運悪く雨水で濡れたラバーの上に足が乗り、上手い事滑った。冷静にそんな事を考えている間も体はバランスを崩しながら滑り落ちていく所で。ああこれ、打ちどころ悪かったら骨とか折るかも、なんて考えていると右腕に強い力がかかり、痛みが走る。

「み、宮地くん?!」
「何してんだ……お前は」

右腕の痛みの正体は宮地くんが腕を引きあげていたからだった。でもそのおかげで私の体は階段に投げ出されることなく、ギリギリの所で足をつく事が出来た。驚いて目をぱちくりとしていると宮地くんは簡単に私を階段の上まで引き上げた。
私が持っていたプリントも彼が持っていたプリントも投げ出したせいで到る所に飛んでいるけれどそれを拾う余裕はない。未だついて行けてない頭をフル回転させ、宮地くんを見た。
すると彼は、私の頭をぽんぽんと撫で「怪我はないか?」と聞いた。え?怪我?腕や足を見るが怪我らしいけがはない。それもこれも、宮地くんが助けてくれたからだ。

「だ、大丈夫!ありがとう、ごめんね!」
「いや気にするな。怪我がないなら良かった」
「う、うん……」
「どうかしたか?」
「な!なんでもない!なんでもないよ、あはは」
「そうか。じゃあプリントを拾っていくか」
「うん!……へへ」

私の無事を確認すると宮地くんはすぐに階段の下に落ちたプリントを拾いに行ってくれた。私はすぐ近くに落ちたプリントを拾いながらその背中を見た。
怖い顔をしているけれど甘いものが好きで、それでいて優しくて。宮地くんってこんなに格好良かったっけ?バクバクと脈打つ心臓が妙にうるさくて、ぎゅっとカーディガンの上からシャツを掴む。
助けてくれた時に見せてくれた真剣な表情も、大丈夫だといった時に見せた優しい笑顔も。知ってるつもりで何も知らなかった。宮地くんはこんなにもカッコいいなんて、私知らなかったんだ。
ああどうしよう。意識してしまったらもう今までみたいに話せないかもしれない。でも、それは嫌だ。私はまだ、この気持ちに気付いてない振りをして彼へと足を進めた。本当は気付かない振りなんて、出来るはずもないのを分かっているのに。


おちるのが恋


(20111008)


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