こんな夢を見た。

男は煉獄杏寿郎と言った。鬼狩りをしているという。私はそのような生業は知らなかったが、やけにはっきりとそう言ったので聞き間違いではなかったように思う。男が本当に鬼狩りだったのかそうでなかったのか、今となってはどうでもいいことである。

「神様だ」

男がきて一週間が経った日の事。村の外れに住む婆が男にそう言った。ありがたやありがたや、そう言って男を前に手を合わせ拝んでいた。私はなにを馬鹿なことをと思ったが、鬼とやらから命を救ってもらったのだと婆は言った。婆を助けにきた姿は、本当に神様のようだったという。

「夜分遅くにすまない」

婆が言った男は物静かな男だった。神様と言われた男は、寝床は要らぬが、玄関を少し貸してくれとやってきた。灯り越しに見えたはずの男の顔を、私はあまり覚えていない。覚えているのは、静かなのによく通る声と、鬣のような髪だった。

「あんた、いつになったら来なくなるの?」
「鬼を伐らねば帰れないんだ」
「それならさっさと伐ってくれよ。あんたが居ると、村の皆が騒いでしょうがない」
「それは迷惑をかける」

男は夜にだけ現れた。月明かりで照らされる髪は焔のように先にかけて燃えていた。不死鳥というものが居ると昔聞いたことがある。それは燃える炎のような鳥なのだという。私は確かにこの時、彼はその不死鳥のようだと思った。見た事もないものなのに、そう思ったのも不思議だったが私まで男を神のようなものだと思っていたのかもしれない。こんな事を思うのも、婆が変なこと言ったせいだと、心のうちに悪態をついた。

男は来る度、玄関に座り寝床は要らぬと言った。しかし、進めた飯だけは食べた。平らげた茶碗をしずしずと返すと、腰に刀を携えどこかへと消えていく。そうして朝に戻ることはなく、また暗闇にやってくる。村はどこか色めき立っていた。それは男がきてから行方知らずになる村人の数が、格段に減っていたからだった。神様がきた!村を守るために神様がきた!と騒ぎ立てていた。挙げ句、祭壇のようなものを作りお供え物までする輩まで現れた。そのうち私以外の村人は全員、男の事を神様と呼ぶようになっていた。

「ねえ、村を出てどこか遠くに行こう」

男が現れてから一ヶ月が経とうとしていた。村人は変わらずこの男を神様だといい崇め続けていた。男は疲れていた。それは鬼とやらを伐れぬことからなのか、神として崇め続けられることについてなのか、分からなかった。私は男をこれ以上ここに置いてはいけないと、何故だかに思っていた。そうしてするりとそんな言葉が出たのだった。

「遠くとはどこまでだろうか」
「遠くと言ったらうんと遠くだよ」
「遠くか……悪くない」

男は言って、少ない荷をまとめてすんなりと私の後をついてきた。夜に出ようとしたら、それは駄目だといった。しかし村のやつらに見付かる訳にはいかなかったら、渋った。すると、太陽が少しでも頭を出したらいいと言ったのでそうして村を出た。山をひとつ越えたあたりで、やっと太陽が真上にやってきた。随分と歩いていたが、あっという間であったように思う。道中特に話すこともなく、後ろを振り返るでもなく、手を結んだままひたすらに歩き続けた。暖かな手、それは確かに生きているものだった。

「今日は空が広いね、見てごらんよ」
「ああ本当だ。とても青くて、広い」

男は大きな口を開けて笑った。明るいところで見ると、まだ若い男だったことに気が付いた。夜の闇では、やけに年を重ねたように見えたのはなんだったのだろうと考えたが、理由など分かるはずもなかったのでやがて考えるのを止めてしまった。

「この時を幸せと言わずして、なんというのだろうな」

笑った男は綺麗だと思った。
顔はまるで子供のように無邪気で可愛げのあるものだった。村で見ていた顔とはまるで違う。これがきっと、男の本来の姿なのだ。
村人は勝手に神を創り上げた。そしてそれを裏切らないよう男は自分を作り上げた。たった一人の若い男に、神という形ないものを背負わせたのだ。そして男は疲れていたのだろう。神になることに。
優しい男なのだと、思った。そうして男を見ると、初めて目があった。

男は燃えるような赤い瞳だったのだと、この時始めて気がついた。


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