袖ヶ浦、料理は得意か?

最期のコマが終わり、人もまばらな教室。隣の席に座る煉獄から突然差し出されたメモの内容に目を凝らす。なんの暗号かと思ったが、内容よりも顔に似合わず綺麗な文字を書く事に感心してしまった。確か家は書道教室をやってるとか言っていた気がする。なんて考えていると、なんの反応も示さない私にしびれを切らした彼が、トントンと指で音を立てたので視線を移した。

「なにこれ」
「しっ!大きな声を出すな!これは内密に進めたい」
「はあ?」

煉獄の真剣な顔。いやいや、全くもって意味がわからないんですけど。料理が得意かどうかなんて内緒にすることではないだろうし、一体なにをそんなに秘密にしたいのか。子供のように口許に人差し指を立てた煉獄に、私は呆れた顔をしていただろうと思う。だからといって、話を聞かないわけではないけども。

場所を教室からカフェテリアへ移しても、煉獄は大きな声を出さないよう注意をしていた。だけど、普段の彼は人一倍大きな声のせいなのか、音量調整が下手くそのようだ。内緒話をするにしては声が小さすぎて何を言っているか分からない。こいつは音量のボリュームが0か100しかないのかもしれない。

「なんでそんな小さな声で話すのよ」
「千寿郎に聞かれては困るんだ」
「……ねえ煉獄。弟くんは、今頃小学校に居るんじゃないの」
「!そういえばそうだな」

袖ヶ浦は頭がいいな、と煉獄は言う。しかし、内緒にしたいあまりボケてしまったとしか思えないんだけど。当たり前の事を突っ込んだのに、煉獄は今気がついた!と言わんばかりの顔をしていたのが証拠だ。まあ、私の言葉を聞いたあとは、弟くんに聞かれる不安がなくなったからか普段通りの声量に戻ったので助かった。正直少々うるさいが、言葉は聞き取りやすくなったのて良いだろう。

「で、なんで料理?弟くんに内緒って、なにするのよ」
「いやな。千寿郎は料理が好きみたいで、色々作ってくれるんだ」
「へえ、いい弟くんじゃん」

ストローでかき混ぜると氷が軽快な音をたてる。冬だというのにアイスカフェラテを飲むなんて信じられない!女友達に総出で言われた事を思い出す。でも、好きなものは好きなのだ。煉獄だってアイスコーヒーを飲んでいるので、同類だ。などとくだらない事を思い出してしまうが、そんな事より今は煉獄の話だ。

「それでだな、たまにはお返しに俺が作ろうと思って」
「思って?」
「一人でやったら、この有り様に」

携帯に写し出されたのは、どうやったらこうなるのかという有り様の料理と言って良いのかも分からない代物達。ぐちゃぐちゃの卵焼き、焦げ焦げの何かの魚、びちゃびちゃの野菜炒め。あまりに無惨な姿に私はなんて声をかけてあげるべきか、頭の中の引き出しを一生懸命に開けたものの。

「……御愁傷様」

そんな言葉をかけるのが精一杯だ。そんな私の苦労を知ってか知らぬか、煉獄はため息をついて携帯をしまう。器用なタイプだから料理も札なくこなしそうだと思ったが、人間誰しも得意不得意があるんだなと改めて思う。

「俺でも作れそうな料理はないだろうか」
「うーん……お味噌汁とか」
「味噌汁!それなら簡単そうだな!」
「油揚げと豆腐なら入れるだけでいいし」
「いや、具はさつま芋にしよう!」

食い気味に言う煉獄を見ると、爛々と目を輝かせている。まさかと思うがこいつ、自分の好きなものを選んでやしないだろうか。

「それ、あんたが好きなだけじゃないでしょうね」
「じゃあ買い物をしたら家に直接向かうから、よろしく頼む」

突っ込むと視線を反らした。と思えば軽快な調子で話まで反らすと、伝票と空いたグラスを持って颯爽とカフェテリアを出ていってしまった。……あいつ、誤魔化したな。

カフェテリアからそのまま家に帰り、煉獄を待つ。あいつ本当に来るんだろうか、もしかして冗談だったり。なんて不安になっているとインターホンが訪問客を知らせる。どうせ煉獄だろうとよく考えずにそのまま玄関を開けると、案の定煉獄が立っていた。

「袖ヶ浦」
「なに」
「インターホンを確認しないで出るのは感心しないな」
「あー……ごめん」
「俺じゃなかったらどうするんだ」
「どうもなにも、煉獄だと思ったし」

ちょっと不用心だったか。至極全うなお叱りにばつが悪くなり、彼の手元に視線を移す。大きな買い物袋を両手に一つずつぶら下げているが、どう見たって味噌汁を作りに来たとは思えないくらいの量だ。こいつは一体なにを作りにきたんだ。私は一抹の不安を覚える。

「なんか、味噌汁だけの割に荷物多くない?」
「何が必要かいまちち分からなくてな。とりあえず、目についたものは買ってきたぞ!」

ついでに夕飯も作ってくれると有難い!そう言って軽々と持ち上げたスーパーの袋。一つ受けとるとそれはずっしりと重くて一体なにを買ってきたやら。不安になりながりも彼を招き入れる。
テーブルに袋から中身を取り出す。鰹節、味噌、そして大量のさつま芋。さつま芋はありすぎるが、まあここまでは良いだろう。しかし、野菜も肉も一人暮らしには有り余るくらいの食材の量。一体何品つくれというのか。成長期は終わったであろう20歳の男は、こんなによく食べるもんなのか。まあ、食材がある分には良いか。

煉獄に適当なエプロンをつけるよう渡し、二人で並ぶには狭いキッチンへと材料を運ぶ。親の援助のお陰で1LDKに住めているものの、コンロは一口だし、図体のデカイ煉獄と並ぶには少々狭い。贅沢を言っている場合ではないので、狭いキッチンに二人ならんでお料理教室を開催することとなった。

「さて、せっかく鰹節もある出汁から取りますか」
「出汁なら俺も知っている!昔、調理実習でやったのを覚えているぞ!」
「じゃあ早速とっちゃお」

煉獄が買ってきてくれた鰹節をたっぷりとつかって、出汁を取る。確かに、煉獄は言葉通り手際よくことを進めている。この様子をみる限りでは、あんな写真の料理が出来上がるとは思えないのに。鰹節の良い香りがキッチンに立ち込める。食欲をそそる香りにお腹がなりそうだ。煉獄はというと、彼も私と同じようで静かにお腹を抑えて居たので笑ってしまった。
そうとなれば急いで味噌汁を作りたいところ。だけど煉獄に教える目的を忘れてはいけない。煉獄には具材になるさつまいもを切るようにお願いする。いつも使っている包丁も、煉獄が持つと小さく見える気がする。短く切り揃えられた爪がきちんとしていて煉獄らしいなあ、ほほえましく思っていたのに。高く上がる包丁、振り下ろされたと思ったら幅も違えば大きさも違う、一体どうすればこんな乱雑になるのだろうというくらいバラバラのさつま芋が出来上がっていく。おいおい。いくらなんでも、これはない。

「煉獄」
「?どうした」
「どうしてこうなるの」
「ダメか」
「いや、ダメっていうかなんていうか。あー……なんかうん、そもそも料理できるならここに来てないもんね」
「まあ、そうだな」

まな板に転がる無惨なさつま芋たち。可哀想だが彼らは後でスイートポテトにでもなってもらおう。煉獄が山ほどさつま芋を買ってきてくれていて良かった。手本として少しだけ切って、真似るように言えば同じようにできるみたいだ。煉獄は、粉々になったさつま芋を見て、自由になにかを作るのが苦手なのだと言った。きちんとした見本があって、細かく分量が決められて、手順が分かればできるらしい。例えば米を研いで線まで水をいれて炊くだとか、さっきの出汁のように一度きちんと覚えたものは良いのだという。器用貧乏な奴だ。まあ煉獄らしいといえば、煉獄らしい。

煉獄の苦手な部分が分かればそこからの話は早い。細かく切り方や分量を教えながら作っていく。火力調整も苦手なようで、写真にあった焦げた魚はずっと強火にかけていたと言っていた。逆に、野菜炒めは焦がした事を受けて弱火で加熱し続けた結果、びしゃびしゃになったらしい。なんか本当、声量と一緒で0か100しかない男だな、全く。
しかし、出来上がってしまえばそんな苦労も吹っ飛ぶってやつで。

「うまい!」
「本当?」
「自分で作ると、尚更うまい!」
「そりゃあ良かった。後で作り方ラインしておくから、書いてある通りに作るんだよ。分からなくなったら電話すること!分かった?」

出来上がった味噌汁に大層感激した煉獄は、いつもよりも大きな声で大分うるさく「分かった!」と返事をした。その後は平和だった。煉獄が買ってきた食材を使って簡単なおかずと、初めての手作り味噌汁を二人で堪能し、洗い物まで手伝ってくれた。なんだか夫婦みたいで、ちょっとくすぐったい気持ちだ。

「何から何までありがとう。日曜に早速作ってみる事にしよう!」
「お役に立てたら何より。お礼はたっぷりしてもらうけどね」
「程ほどに頼む。じゃあ、また月曜に」
「またね」

余った食材を持った後ろ姿に手を降る。すると、後ろに目がついているのかと思うくらいのベストタイミングで、煉獄は私の方へ振り替えると、買い物袋を持ったまま、大きく手を降ってくれた。暗くてよく見えなかったけど、きっと煉獄は笑っていたと思う。

日曜日の夜。明日も大学だ。しかも1限からで面倒くさいなあ。煉獄はどうしてるかな。お味噌汁上手くいったのかなあ。20時を回っても連絡が来ないままで気になっていた。そろそろこっちから連絡でもしてみようか、なんて思っていたところで携帯が震える。画面に浮き上がった名前は、待っていた味噌汁のあの男。

「煉獄だ!」

画面を開くと、すぐにメッセージが目にはいる。そこに書かれていたのは嬉しい一言で。

『ありがとう、大成功だ!』

そのすぐ後に送られてきたのは写真で、あの日見せられた酷い写真からは想像できないくらい美味しそうにできたさつまいものお味噌汁と、そっくりな兄弟が満面の笑顔で写っていた。

「本当、何回みてもそっくり」

送られてきた写真を見て笑っていると、もう一度携帯が振動して、メッセージを受信する。

『明日、学校が終わったら家に来ないか?味噌汁を一緒に食べよう』

なんて、煉獄からの嬉しい一言。
思わぬ言葉に顔がにやけるのが分かる。ああ、もしかして私ってば煉獄が気になっているのかもしれない。でも、味噌汁から始まる恋なんてある?まあちょっと笑えるが、その位ゆるい方が良いのかも。
そう思いながら、私は煉獄に返事を送った。


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