夜が明ける前に任務が終わった。今は丑三つ時。
もう少しすればお互いが住んでいる町が見えてくるはずなのに。私はどうしてこんな暗闇の中を歩いているのでしょうか。

それは一刻前の事。すぐに帰れば朝になる前に自宅につけそうだと話をしていた所に、じゃあ近道を通ろうとの甘い言葉。早く帰れる!そう喜んだあの時の私を殴りたい。そしてそんな提案をした煉獄さんを信じた私が馬鹿でした。信頼し、憧れている先輩は少し変わった人だというのを忘れていたのだった。

「れ、煉獄さぁん」
「なんだ袖ヶ浦!弱気な声を出して!」

辺り一面真っ暗で。柳の木が揺れる様子は薄気味悪い気すらしている。私たちが歩いているのは墓地のど真ん中。墓石と卒塔婆が所狭しと立っており、なんだかおどろおどろしい雰囲気だ。昼間に見る分には怖くないのに、どうして夜だとこんなに怖く思うのだろうか。それは私がお化けの類が苦手だからだろう。胡蝶さんに聞かされた怪談話が怖すぎて更に臆病になった気がしなくもない。ああ、そんな事を考えたら胡蝶さんから聞かされた怪談話を思い出してしまって小さな悲鳴が飛び出した。
煉獄さんはといえば、ずんずんと先に進んでいる。しかし、私はどうにも足が竦んでしまって随分と距離が開いてしまっていた。正直、煉獄さんと離れているのは怖いのだが、彼と同じスピードで歩けるほどこの場所に適応していないのが現実。このままじゃ置いて行かれてしまう。一回止まってくれないかなという希望。そしてそれと共に、そもそもの話ここは本当に近道なのかとすら疑い始めているところだ。

「だってここ、墓地なんですよ。怖いじゃないですか……」

自分の弱弱しい声が煉獄さんに届いているのか不安になるが、異様に静かなこの空間のお蔭できちんと聞こえていたらしい。振り向いた煉獄さんはやっと足を止めてくれた。その隙に小走りで距離を縮める。自分の踏んだ石がぶつかり合った音すら怖くて、体がびくついた。距離が近づいた分、さっきよりもはっきりと煉獄さんの姿を捉えられるようになった。今日が満月ならもっと明るいのに。こういう日に限って曇り空でお月さまは機嫌によって顔を見せたり隠したり。今はご機嫌斜めのようで薄い雲越しでしか姿を見せていない。その薄暗さが、また怖さを増長させていた。

「何が怖いんだ?」
「ええ……お化けとか色々出そうだし」
「故人を弔う場所だ!出てきても、元は生きていた人間だぞ!」
「そうかもしれませんけどぉ……怖いものは怖いんです!」

煉獄さんは何が面白いのか笑った。私の事を笑っているのだろうが、その声はこの場所で不安がっている私を妙に安心させてくれた。虫の鳴き声、草の擦れる音。それ以外は無に近いこの場所で、煉獄さんだけが私の灯りだ。ああ、ここが墓地じゃなければ煉獄さんと二人きりなんて最高だったのに。そう思って、ハッとここが墓地な事を思い出した。背後に気配を感じた気がして振り返る。勿論なにもない。ぞぞぞ、と背筋に恐怖で鳥肌が立った感覚がする。後ろを見ても墓地、左右を見ても墓地。前を見れば墓地と煉獄さん。前が一番マシだ。助けを求めるように煉獄さんを見た。煉獄さんは視線が合うと、眉を下げてさっきとは違った顔で笑った。さっきのが可笑しくて笑ったなら、今はそう。捨て犬を見るような顔だ。

「まったく仕方がない。ほら、おいで」
「?おいで、とは?」

煉獄さんは私に右手を差し出した。豆がつぶれて皮が厚くなった掌がこちらを向いている。しかし、おいでとは一体。私はどこにいけばいいのだろうか。言葉の意図が分からず、掌と煉獄さんの顔を行ったり来たり。三度目の往復で、煉獄さんは耐え切れないと言った様子で噴き出した。笑われる理由が分からない。お手でもすれば良かったのですか、そう言うと煉獄さんはついに声を上げて笑い出した。私の言葉に笑ったのは明確で、憧れている先輩ではあるがなんて失礼な人だと思ってしまった。じとり、恨めしい視線を向けるが笑っている煉獄さんには届かない。ひとしきり笑った煉獄さんは、うっすらと浮かんだ涙を拭いながらもう一度私へ掌を差し出した。

「手を繋げば、多少は怖さが和らぐだろう?」
「え、」
「ほら、何をしている」
「ひえっ」
「さっさと行くぞ!」

お手の言葉から察したのか、私から手をつなぐのを待つのは諦めたようで、攫うように私の手を握ってすぐに歩き出した。歩く速度が速くて少しつんのめったが、しっかりと握られているから転ばずに済んだ。墓地の真ん中で、煉獄さんは鼻歌を歌い始めた。私もよく知っている童謡だ。怖い意味があるといわれる曲を、よく墓地で歌えるなと感心した。だけど、煉獄さんを見ていたら墓地もその歌も怖くなくなってきたような気がする。なにより、お化けよりもこの人のほうが色々と怖いのではと思った。でも、これは内緒にしておこう。


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