「付き合い始めたんだって、伊黒さんと蜜璃」
「それは良かったな!」
「ねえ。焦れったかったもん、二人とも」

夕日が沈み始めた庭、隣には煉獄。日が傾く前から話し始めたのだから、結構な時間がたっていたし、いつの間にか湯飲みは空になっていた。

柱合会議が終わり、急ぎの任務がない限り私の家でお茶をするのがお決まりになっている。
今日一番の話題は同じ柱同士の恋愛事情で。前回は確か、近所の甘味処の話だったか。二月前の事なのに、私はよく思い出せなかった。人間の記憶というのは、ひどく適当で、曖昧なものだなあと。
今日話している会話も次に会う時には忘れているかもしれないと思った。

「いいなあ恋人!憧れるなあ〜」
「なら君も作ればいい。声がかからない訳でもないだろうに」
「まあ、そうだけど……」

煉獄は簡単に言うが、私が好きなのは君、煉獄杏寿郎なんだ。
そう言えていればこんな風に悶々とする事はないのだろうけど。いかんせん勇気と自信がない。
煉獄に嫌われてはない、と思う。むしろ好かれている方だと思っている。だって、好きでもない女とこんな風にお茶なんてしないでしょう。

「否定しないのは、素直で良いな」

私の返事が気に入ったのか、わしゃわしゃと頭を撫でられた。
動物を触るように頭を撫でるのは、煉獄の癖みたいなものだ。いつも弟くんにしているからか、誉めるときはつい手が出るのだという。髪が乱れるから嫌だという者もいるらしいが、私は反対で。出来ることならば煉獄に髪の毛を撫でてもらいたい。だってそうでしょう?好きな人に触ってもらえるなんて、これ以上に嬉しいことなんてないもの。

「わ、私のことはいいの!煉獄こそ、そろそろ嫁でも貰いなっ!二十歳でしょ!」

思ってもないことを、よくもまあペラペラと出てくるものだ。
私の言葉を聞いた煉獄は、むう と短い返事をした。この後、いつもの調子でおどけるかと思ったのに。なにかを考えるように下を向き、顎に手を当てた。

もしかして、本当に嫁が嫁いでくる予定があるの?!

予想外の反応に私の心は破裂しそうだ。だってまさか、煉獄に彼女とか、奥さんとか、まさかそんな。信じられない、信じたくない。
確かに、彼はもう二十歳だし。めちゃくちゃ強くて、柱で、格好良くて。ああああ、恋人がいたっておかしくはない!でも、居るなんて考えたこともなかった。私の脳内は、煉獄と定期的に会えることで完全にお花畑になっていたようだ。
突然の事に焦っているせいで掌にじんわりと汗がにじむ。でも、まだはっきりと煉獄の口から何かを聞いたわけじゃない。まだ希望はある、と思った矢先だった。

「俺は居るぞ、好きな奴が!」

顔を上げて、ハッキリとそう言った。
煉獄のかかる夕日が、キラキラと獅子のような髪を輝かせて。あまりの眩しさに、私は目を細め、思わず下を向いた。
同じように夕日に照らされているはずの私の目の前は、真っ暗だった。

煉獄に好きな人?

そんな浮いた話を、煉獄から聞いたことはなかった。年頃だから、恋愛の一つや二つ経験があったっておかしくはないけど。彼に好きな人が居るなんて、初耳も初耳。そんな人が居るなら、思わせ振りに私とのお茶に毎回付き合うのは辞めてほしい。
煉獄はそんなつもりなかったのかもしれないけど、恋する女は大なり小なり、自分に良いように物事を考えてしまう生き物なんだ。

「すず乃?」
「えっ、あ、ごめん。聞いてなかった」
「君は自分の事になると、少し抜けている所があるようだな」
「なっ」

煉獄の声に顔を上げると、目が合った。
彼は呆れたような表情をして、私の事をじっと見る。

私の気持ちも知らないで!

文句のひとつでも言ってやろうとしたのに。
ぶつかったまま視線を逸らそうともせず、彼の隣へ無造作に投げ出された左手を握られる。その手が、熱い。

「君はなんにも分かってないようだ」
「煉獄……?」
「俺は毎回、茶に付き合うくらい暇な奴に見えるか?」
「えっ」

ぎゅっ、と握られた手に力がこもる。
自分の心臓の音がうるさくて、煉獄にも聞こえているんじゃないかと不安になる。

「毎回、君とこうやって会う意味くらい分かっていると思ったが……」

頬をかく煉獄の姿をよそに、私は固まった。
だって、分かっていなかった。私はまったくもって分かっていなかったんだ!
だってまさか、煉獄も私の事が好きだなんて。思うわけないじゃないか。
今だって、確実な答えを貰ったわけじゃないから。これは私の自惚れかもしれないと、どこか信じられないでいる。なのに。

「俺が好きなのはすず乃、君だ」

ハッキリとそう告げられて。私はいよいよ、意中の相手の想い人が自分なのだと納得しなければならなくなった。そうなれば、伝えるべき言葉は一つしかない。一つしかないから、なかなか言えない。
さあ私よ!もう言ってしまえ、早く言ってしまうんだ。恐れることなんて何もない。
だってもう、幸せは目の前にあるのだから。


(20191118)


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