私は冨岡義勇という男をよく知らない。
同僚ではあるものの、特段親しくもなければ、親しくなろうとした事もないからで。

周りの隊員から聞く噂話といえば。
隊で一番の男前だとか、素っ気なく冷たい奴だとか、そこが良いんだとか。
でも、どれが正しくてどれが間違いなのかは分からない。
私は冨岡義勇をよく知らないし、知りたいと思わない。
同僚以上でも以下でもない。それは冨岡だけに限らず。
命を懸ける仕事場に、無駄な感情は持ち込みたくない。

それが私の信念だったんだけど。

「………冨岡、」

いつの間に私は冨岡に組敷かれていて。
どうしてこうなったんだったけかな。

同じ任務に着くのは2度目だっただろうか、3度目だっただろうか。
何回目かなんてどうだって良いのだけれども。
余計な事を考えてしまうのは、気が動転している証拠だ。

鬼が出るとの噂を聞きつけ、やってきた屋敷。
鬼殺自体はあっという間に片付いて、念のためにと部屋を回っていたはずだ。
そこに甘い雰囲気など間違いなく無かったから。
そういう意味でこうなったのではない事は分かっている。

原因は、きっとさっきの私の行動。

見回りをしていた最後の部屋にも異常はなく。
部屋の外で待っていると思った冨岡へ、報告を済ませて早く帰ろうと思っていた。
私はいつもより早く終わった任務に浮かれていたのかもしれない。
後ろを振り向くと、そこには居ないはずの冨岡の姿。
ぶつかる!と咄嗟に目を閉じてしまったのが良くなかったのか。
冨岡は富岡で、私が急に振り返った事に驚いて。
バランスを崩したのだろう。

気がつけばこうなっていて。

しかし、だ。
振り返った位でそんなに驚くことでもないだろうに。
もしかして、冨岡って案外どんくさい?

まあそれは良い。
けれど、すぐに退こうとせずこのまま動かない冨岡は良くないのでは?
さっさと退いて欲しいけど、なんだか上手く声がでない。
こんな風に組敷かれてしまうと。
どうとも思っていない相手でも男と思ってしまえば緊張するものなんだなと、頭の隅で考えた。

「…………おい、冨岡」

絞り出してやっと出た言葉は。
言い方の割には随分と気弱な声だった。
名前を呼んでも冨岡は相変わらず固まったまま。
でも、唇が小さく動く。

「っす、すまない」

慌てたように謝る冨岡と目が合う。
組敷かれているんだから見上げれば自然に視線も合う。
だけど冨岡は、目が合うや否や顔を真っ赤にして顔を反らせてしまった。
そんな彼の反応は、私が想像していた姿とは真逆で。
驚いたと同時に、彼へ感じていた緊張感が無くなっていた。

「構わないけど。そろそろ退いてくれる?」
「あ、ああ……そうだな」

顔を背けたまま固まっている冨岡へもう一度声をかける。
すると、改めて今の状況を理解したようで。
慌てたように姿勢を立て直そうと、床に付いた右手に力を込めたは良いけど。

「ちょ、痛いっ」

私の髪の毛を踏んだ。
突然倒れこんだのだから、髪は畳へ散らばるように広がっていて。
踏んでしまう気持ちも分からなくはないけど。
冨岡が、私以上にこの状況に慌てていることが分かった。

「重ね重ね、すまない」
「いや、別に良いけどさ」

すぐに立て直して正座して。
赤らめた顔のまま、謝罪の言葉を繰り返す。
それを見て、一つの言葉が頭に浮かぶ。

「冨岡って」

――――案外うぶなんだ。

そう言いかけて、やっぱりやめた。
言ってしまうのが勿体ない気がしたから。
だってこれは、なかなかに面白くて興味深い。

「いや、なんでもない」
「……そうか。袖ヶ浦、すまなかったな」

襟元をただす冨岡は、いつも通り冷静な表情に戻り。
早々に部屋から出ていってしまった。
でも、部屋の戸は中途半端に開いていて。
気持ちには動揺を残したままなのがわかった。

私はと言えば。
乱れた髪を結い直すべく、髪を解いて。
冨岡のさっきまでの姿をもう一度思い出す。

思い切り顔を逸らして。
真っ赤な顔をして。
慌て過ぎて人の髪を踏んで。
挙げ句に部屋の戸も上手く閉められない位に慌てて。

「可愛かったなあ」

小さな声は、冨岡へ届くことなく。
彼が出て行った戸を眺め。
もう一度あの顔を見るためには、どうすれば良いのかを真剣に考えていた。


見て聞いて触って
(貴方のことばかりが気になるようになってしまったの)


(20191101)


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