縁側にいつの間にか入り込んだ猫が気持ちよさそうに伸びをして。
私はそれを見届けた後、手元の針に視線を落とした。
順々に糸が通り、穴がふさがっていく様は見ていて気持ちが良い。
手のひらは優に超えるほど大きく破いてくれたので、縫い甲斐があるってものだ。

昨晩、破けた羽織を申し訳なさの一つもなく持って帰ってきた煉獄さん。
しかも、鬼にやられて破けたのかと思えば。
刀を振りぬいた際に引っ掛けて、自分で破いてしまったところが実に彼らしい。
その姿は容易に想像ができた。

そんな彼はといえば。
私の膝の上に頭を乗っけ、気持ちよさそうに目を瞑っている。
時折思い出したように目を開けて、羽織をよけて私の顔をのぞき込んだり、頬を触れたりなんかして。自由気ままにしている姿は、庭にいる猫と同じだ。

「煉獄さんは猫のようですねえ」
「むう」

猫とは如何に、と疑問を含んだように呟く。
眉間に寄るしわを見れば、それがいい意味なのか悪い意味なのかを考えている様子で。
私はそれ以上は何も言わず。考え込む煉獄さんをよそに、縫い終わりに玉を結ぶ。

「さあて、終わりましたよ」

パチン、とハサミがいい音を鳴らす。
と共に、指先に走る小さな痛み。
じわりと羽織の端に広がる赤をみて。やっと自分の指先まで一緒に切ってしまったことに気が付いた。

「ああ、煉獄さんすみません」
「なんだ?」
「羽織に染みがついてしまったので、洗ってきます」

申し訳ないと短く伝えれば。
最初はなんの事か分かっていない様子だったけれど。
見えないようにと指を隠したのがいけなかった。
察しのいい煉獄さんが、私のほんの少しの不自然な仕草に気が付かない訳もなく。
少し眉を顰めて、私の指先へと手を伸ばす。

「これは痛いだろう」

かしなさい、と言い終わるのと同時に。
そうする事が当たり前のように、私の指を口へ含んだ。
切れた指先に煉獄さんの舌が触れて、くすぐったいような、痛いような。

でも、指の傷よりも。
顔に集まる熱が。
鼓動が早まる心臓が。
耐えきれないと言わんばかりに悲鳴を上げている。

「俺は、猫のようなんだろう?」

指から唇が離れて。
ほっと、安心したのもつかの間。
挑発するような目に、弧を描く口許に。
私は言葉を飲み込んでしまいそうだったけれど。

「……猫じゃなく、て」

そう絞り出すのが精いっぱいで。
でも、私の言葉の続きを待っている。
態度では待っているのに、彼の手は待っていなくて。
後頭部に触れたと思った時には。
もう煉獄さんの顔が目の前にあった。

「すず乃は可愛いなあ」

囁くような声。
くつくつと、笑う姿は猫なんかではなく。

「………続きは?」

唇が触れるか触れないか。
ギリギリの所で紡いだ続きの言葉は、彼の耳に届いていたか。
その前に喰われたか。


違った、猫ではない


(20191026)


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