休憩!とお師匠さんが言った。
木刀を投げるように地面に置いてその場にへたり込むと、どっと疲れが全身を襲う。
汗を拭う動作すらも面倒に感じ、汗は地面へと滴り落ちる。

「大丈夫か?」

顔を上げると、お師匠さんが手拭いを差し出して。
いつもと違う様子を心配してくれているようだ。

「ええ。少し寝不足のようで」
「寝不足?珍しいな」

ただの寝不足ならばここまで疲れることはないのだけど。

差し出された手拭いで汗を拭う。
それを首にかけ、お師匠さんを見ると汗一つかいていない。

「ここ数日、なぜだか寝つきが悪くて」
「なるほど」

もう5日だろうか。
急に寝つきが悪くなり、毎日天井と睨めっこ。
いつの間にか眠りに落ちるまで何時間も続くそれに私は心底うんざりしていた。
そんな気持ちが表情に出ていたのか、お師匠さんは。

「大丈夫だ!今日はきっとよく眠れる」

元気よくそう言い放った。

お師匠さんの言うこともやる事も、確かに尊敬しているけど。
さすがに無責任すぎじゃないかと思った。
だけどそれを伝える前に、稽古が始まってしまったのでその言葉は飲み込んだ。


稽古が終わり、夜も随分と更けたというのに私は天井と睨めっこを継続していた。
体は疲れているはずなのに、瞼はまだまだ元気だと主張してる。
いっそ布団から出てしまった方がいいのか、と考えていたら。
足音が聞こえて、私の部屋の前で止まる。

「眠れないか?」

声と同時に扉が開き、お師匠さんが顔を出す。
寝間着姿なので、風呂を済ませた後だろう。

お師匠さんは邪魔するぞ、と形式上だけ声をかけて
許可する間もなく部屋の中へと入った。
まあ、拒否する事はよっぽでない限りはないのだけど。

「その様子じゃ、眠れてないようだな」
「ええ、まあ」

お師匠さんは部屋に入るや否やなんの迷いもなく布団へ潜り込む。
だけど、私が寝ている布団は勿論ながら一人用で。
二人で入ればとても窮屈だし、否が応でもくっつかなければどちらかが布団の外へ転がり落ちることになる。
そもそも、なぜお師匠さんは私の布団に入ってきたのだろうか。
何を考えているのかさっぱり分からない。

「……何しているんでしょうか」
「なにって、添い寝だぞ」
「それは見れば分かりますが……」

聞いたところで私が求めていた返答はなく。
仕方ないと現状を受け入れて改めて考える。

ほぼ抱きしめられるような形で布団の中にいるものだから。
石鹸のいい香りと、お師匠さんの体温が伝わってくる。
年頃の男女が添い寝とは、いかがなものでしょう、お師匠さん。

「千寿郎が眠れない時も、こうしてやるんだ」
「はあ」

私の考えはまったくもって伝わっておらず。
頭の上で手を組み、すっかりくつろいだ様子のお師匠さんは
弟である千寿郎くんの事を思い出した様子で顔を綻ばせた。

千寿郎くんに添い寝する事と、今のこれになんの関係があるのだろうか。
そう思っていると、お師匠さんが。

「人が隣に居ると、安心するだろう?」

そう言って、私の頭を撫で。
大きな手が、私の頬を包み込む。

「それに、温かい」

だろう?と、屈託なく笑う。
きっとこうして何度も千寿郎くんを寝かしてきたのだろう。
だから、私を寝かせる自信があるように見えた。

でも、確かに。
包まれた頬からも、触れあう体からも。
心地よい暖かさが伝わってくる。
行火や湯たんぽとは違う、優しい暖かさ。
それはきっと、お師匠さんの人柄も込みでそう感じさせている。

「きっとすず乃も眠れるさ」
「……そうでしょうか」

頬を包んだ手は背中へと移動して。
とんとんと、規則正しくリズムを刻む。
それがまた心地よさを増して。

「おやすみ」

その声は今まで聞いたどの声よりも優しくて。
表情は見えないけれど。
きっと。
きっと。

「おやすみなさい」

この声と同じように。
優しい笑顔を浮かべていると。
そう思いながら目を閉じた。


眠れるように
(お師匠さんのいう事は、やっぱり間違いなんてなかった)


(20191024)


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