風が強い日だった。

隣を歩く彼女ふわふわとした柔らかそうな髪は、まるで生きているように風に遊ばれている。
抑えても抑えても小さな掌の隙間から髪は流れまた風に乗って。彼女の小さな手では全てを押さえる事は出来ないようだ。
でも彼女はめげることなく、何度も何度もあっちこっちへいく髪の毛を必死に抑えていた。

年は少し上だけど、鬼殺隊員としては後輩。
そんな僕たちの関係は、先輩と後輩というには親しすぎ、友達とはまた違い、恋人というにはまだ足りない。
君と一番親しいのは僕、と言い切る事はできる。でもそれは先輩としてなのか、友達としてなのか。はたまた、恋人としてなのか。
どんな形でも君の一番であればいいと思っていたのに。言葉にできない曖昧な関係性は、僕にもどかしさを与えるだけになってしまった。

「ああもう!どうしてすぐに風がふくの!」

くるくると何もせずとも毛先が丸まってしまう彼女の髪は、強い風にふかれるとすぐに絡まってしまうようで。
こんな日は早く帰りたいと、しきりに言っていたのを思い出す。

「何度も抑えるせいでボサボサだよ」

風と彼女の攻防により随分と乱れてしまった髪に触ると、見た目通り柔らかくて。
細い髪の毛先は絡まってしまっているから丁寧に指で解いてやれば、君は顔を赤くして、小さく笑顔の花を咲かす。

この顔が見られるのは僕だけだ。きっと、彼女も僕のことを好いている。きっと。

でも、僕にはそれを確かめる勇気はない。僕にしか見せない表情も仕草も、沢山知っているのに。
それを見せる彼女の気持ちが何に当たるかが分からない。先輩としての尊敬なのか、友達としての好きなのか。僕と同じ、特別に想ってくれているのか。

もし僕が。もっともっと恋愛に長けていれば。
この感情に名前を付けることはいとも簡単で、きっとこの先にだってすぐに進めるのに。

今の僕は、髪を絡める指をこの後どうして良いか分からなくて。
名残惜しさを存分に残したまま手を引っ込めるしかできない。

ここで抱きしめて、君に好きだと言ってしまえば良いのかもしれない。
でも、僕にはそれをする自信がない。こんなに臆病者だっただろうか。

絡まった髪はすぐに解けるのに。
僕の気持ちはどうしてすぐに解けないのだろう。

「袖ヶ浦、冷えてきたよ。早く帰ろう」
「あっ、時透くん!」

さっきまで絡まっていた髪先をくるくると指に巻き付けて、照れ臭そうに僕を見る。
いちいち仕草が可愛く見えるのは、僕が君の事を好きだからだろうか。

「髪の毛、ありがとう」

そう言って笑った顔を見てしまえば。
さっきまであれこれ考えていた事なんて一瞬で忘れて。
僕の頭も心も彼女一色になる。

この気持ちを解くのは、僕自身ではない。
絡ませるのも解くのも、彼女なんだ。


(20191023)


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