万華鏡の中みたい。いや、空に輝く一等星みたいな。
その瞳の中に私だけを映してくれないか、なんて思ったの。
一等星
「伊之助の目って本当に綺麗」
「あ?文句あっか!」
「褒めてるでしょーが」
ぱこん、と良い音がした。
私が教室から持ってきてしまった数学のノートを丸め、伊之助の頭を叩いたからだ。
屋上で4限をサボる私たちは、すっかりリラックスモードで天を仰いでいる。
たまに今日みたいに二人で授業をサボることがある。
そのきっかけはお腹が空いたからだとか、前の授業がつまらなかったからとか、どうでも良い理由だ。まあなんというか、適当に理由をつけてただサボりたいだけだったりする。
びゅう、と音をさせて強く風に、思わず髪を抑える。
それと同時に横を向くと、一直線に空を見つめる伊之助の姿。
太陽の光に反射する瞳がキラキラと輝いて。万華鏡の中身とはまた違って、真っ昼間だけど、伊之助の瞳の中だけはまるで夜に輝く星のように見えた。
「腹減った。雲が旨そうだな」
真剣な眼差しとは裏腹に。彼の頭の中は、雲を何か食べ物に見立てて想像していただけだった。
ロマンチックになりすぎたかな、と思いさっきまでの思考を消して伊之助と同じように雲を見る。確かに、真上に浮かぶ雲はおにぎりみたいな形をしていて食欲をそそる。
「これで我慢しな」
制服のポケットに手を突っ込み、無造作に出したクッキーを伊之助へ投げる。
辛うじて形を保っていたそれは、伊之助が受けとる時に無惨に砕けた音がした。
「ボロボロじゃねーか!」
「たった今、君が砕いたのを私は見ていましたが」
ふざけんな、と言うと女の癖に口が悪いと怒られた。伊之助には言われたくない一言で、心外である。
伊之助は文句を言ったものの、ボロボロになっても大して気にもしてないようで、袋の端を切って一気に口へ流し込んだ。
もふもふと、砕けた粉を散らしてクッキーを飲み込んでいく。顔に似合わぬワイルドな食べ方に、私は思わず笑みが零れる。
「いってぇ!目に入っちまった!」
さっきからいちいちうるさい奴め。
寝ながら粉々のクッキーを流し込んだせいで、砕けた粉が目に入ってしまったらしい。
ごしごしと目を擦るが上手く取れないようで、上半身を起こして更に目を擦る。
そんなに擦ったら逆に痛くないか?と思った。
「こら、そんな擦っちゃ駄目でしょ。目、見せてごらん」
「がぁぁあ!取れねぇ!」
「ほらほら、黙って目見せる」
伊之助の顔を抑え、反射的に閉じようとする目を開いてやると、無理矢理擦ったせいで少々赤くなっていた。
でも、それよりも綺麗な緑色の瞳に目が離せなくて。その中に吸い込まれてしまいそうなくらいだった。
「やっぱ、伊之助の目って綺麗」
「あ?」
「私好きだなあ、伊之助の目」
角度を変えてどこから見てもキラキラと輝いて。彼の目の中には一体どれくらいのお星様が詰まっているのだろうか。そんな乙女チックな事まで浮かんでしまうくらい、本当に綺麗なんだから。
「じゃあずっと見てりゃあいい」
そう言って、伊之助は私にキスをする。優しくない、噛みつくようなキス。
見てれば良いって。このままずっと目を開けたままキスするなんて、ロマンもへったくれもないと思う訳ですが。
伊之助はそんなこと気にもしないで、キラキラと輝く瞳を開けたまま、私をずっと離してくれない。
(20191020)