「竈門くん、そろそろ職員室いく?」

黒板に夕日が差す教室は、私とクラスメイトの竈門炭治郎くんしか居ない。
開いた窓から運動部の掛け声と、吹奏楽部の演奏が聞こえる。
どうして二人きりなのかと言えば、それは日直だからという理由しかなく、恋人同士だとか告白だとか、そんな色めいた理由はない。
……ただ、私は竈門くんの事が好きだ。そういう意味では普段は嫌々なる日直という当番も良いもんだなんて都合よく思ったりなんかして。

同じクラスになって半年、隣の席になって3か月。もうすぐ席替えがあるから日直だって一緒になるのは最期かもしれない。
そう思うと先ほど竈門くんにかけた言葉を撤回したくなる。職員室に行くということは、日直は終わり、後は帰るだけ。
そうすればこの二人きりの空間は、今後訪れる事はないかもしれない。なんせ、竈門くんは男子にも女子にも人気者だ。
いつだって彼の周りには人が居て、勇気がない私は話しかけに行くことができない。だから、隣の席になって、二人きりで話すことができるのが嬉しかった。
二人で話す時間が増えるにつれ、私はどんどん竈門くんに夢中になっていった。家族をなによりも大切にしていること。仲の良い友達のこと。今まで知らなかった竈門くんのことをたくさん知れた。知らなかった竈門くんを知れたことは彼を好きになる材料が増えただけで、たちまち私の気持ちは竈門くんでいっぱいになった。

「えっ、もうそんな時間なんだ」

日誌に向けていた竈門くんの視線が壁の時計へ移る。赤みがかった髪と瞳に夕日が反射して、とても綺麗だった。
ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのにと。馬鹿みたいな事を考えるほどに竈門くんが好きで好きで。できる事ならもっと一緒に居たい。
席替えをして、隣の席じゃなくなったとしても、もっと竈門くんと話したい。貪欲に、彼のことを知りたいと思ってしまう。
だけど、そんな事を考えている間も刻一刻と時間は過ぎて行ってしまうから、少しでもこの時間を伸ばしたくて、彼の向かいの席の椅子をひく。

「もうすぐ席替えだね」

突拍子もなくそんな風に言った私の事を怪しむでもなく。
竈門くんは開いていた日誌を閉じて私の顔を見て、カレンダーを見ると納得したようにうんうんと二回首を縦に振った。

「そうか、もう3か月経つんだな」
「竈門くんの隣、楽しかったから変わるの嫌だなあ」

いじけたように言うと、竈門くんはキョトンとした顔をした後に笑って、よーしよし、とまるで小さな子をあやす様にして私の頭を撫でた。
…こういう所がずるいんだ。頭を撫でられて、優しい笑顔を向けられて、好きになる以外ないじゃないか。ずるい、ずるいよ竈門くん。

彼の事だから、きっと私以外にもこんな事、当たり前のようにしているんだろうと思うけど、そんな事を思ったって彼の事が諦められるわけでもなくって。
だから、こんな風に優しくするのはやめて。どんどん好きになって、隣の席じゃなくなった時、私はショックで立ち直れなくなってしまうかもしれないよ。一日くらいは、学校だって休んじゃうかもしれない。

「竈門くん」
「ん?」
「席が隣じゃなくても、たまには私とも話してくれる…?」

つい。言うつもりじゃなかった言葉がするりと滑り落ちた。
こんな事言ってしまえば、いくら鈍い竈門くんだって気付くかもしれない。だって、好きだと言っているようなものだ。
しまった、と思った時にはもう遅くて。私の言葉を聞いた竈門くんはビックリして目を見開いた、と思ったら大きなため息を吐きながら机へと突っ伏してしまった。

「か、竈門くん?!」

突っ伏した腕の間から、竈門くんの目が私を捕らえる。少し熱を帯びたような、その視線に心臓が跳ねた。

「俺、袖ヶ浦さんのこと好きなんだ」

すう、と息を吐くようにそんな言葉が出てきたから。
私は告白なんて思う暇もなく、竈門くんが続ける言葉にただひたすら耳を傾ける。
恥ずかしいのに、竈門くんの目から視線を逸らせなくて。早く、早く次の言葉を聞きたくて仕方がない。
時間にすれば数秒なのだろうけど、妙に長く感じたのは緊張しているからなのか。

「だから、日直だって終わりにしたくなくてここまで粘ってた」
「……うそ、」

やっと口から出せた言葉は、思いがけないことへの否定の言葉。
信じたいけど信じられなくて、目の前の光景は夢なんじゃないかとすら思えてくる。
逃げ出してしまいたくなって、椅子から立ち上がろうとした瞬間に竈門くんが私の手を掴んだからそれはできなくて。
だって、竈門くんの目があまりにも真剣だから。

「袖ヶ浦さんも俺のこと、好きだって思ってもいい?」

くらくらと。あまりの威力に眩暈がしたような気がした。繋いだ竈門くんの手から、熱い熱が伝わってくる。
なんて返事をしたらいいのか、そもそもこれは告白なんだろうかと、ぐるぐる思考が回って。
竈門くんがいつの間にか席から立ち上がり、私の横に来ていたなんて気が付きもしなかった。
名前を呼ばれて驚いて私まで立ち上がってしまうと、竈門くんは一歩私へ足を進めてきて、それに合わせて私も一歩下がる。でも、もう後ろには下がれない。
だってここは、窓際だから。

「ちょ、ちょっと待って……!!」
「嫌だったら、突き飛ばしてくれて構わないから」



意慾
(やっぱり竈門くんは、ずるい)


(20191019)


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