言うつもりなんてなかった。
出来れば心の中に留めて、そのまま隠してしまおうとさえ思っていたのに。

「少しでないか」

そう誘うことすら自分にとっては珍しかった。
どういう風の吹き回し?とからかう彼女を連れて。
どこへ向かうでもなく屋敷を出た。

どうしてこうなったかと言えば。
それは小さな嫉妬心。しかも、しょうもなく小さな事で。
まさか自分が、炭治郎に嫉妬する事なんて思いもよらなかった。

袖ヶ浦に自然と触れている事が羨ましかった。
炭治郎だけじゃない。思い返せば他の誰が触れても嫌だった。

自分にこんな感情があったのかと、驚かされる。
人を好きになるのは、こんなにも感情を揺さぶられるものなのかと。

人並みにそう思える事に安心すると同時に。
どうしても。どうしても彼女が欲しいと思った。

「ねえ、冨岡。冨岡ってば!」

一度気が付いてしまった感情を忘れる事などできず。
知ってしまったこの気持ちを、どうするべきなのか。
そればかり考えて、後ろを歩く彼女の歩幅を考える余裕がなかった。

「歩くの、早いって」
「ああ、すまない」

小走りで駆けよってきた彼女が俺の腕を掴み、息を整える。

腕を掴む。たったそれだけなのに。
触れられた事が嬉しくて。
触れてもいいと思われている事が嬉しくて。

隠しておけると思った。
伝えずに、ひっそり想っていればいいと考えていた。
自分がこんなにも欲がある人間だと思っていなかった時は。

「聞いてくれ」
「ん?」

急になんだと言いたげな表情と、小首を傾げる姿すら愛しい。
しまっておく筈だった気持ちは、もう隠しきれない程に大きくなってしまって。
それならば。それならばいっそ。伝えてしまえばいい。

「袖ヶ浦」

これから伝える言葉を聞いたらどんな顔をするだろうか。
驚くだろうか。もしかしたら泣かれるかもしれない。
それとも。

「俺は、お前が好きだ」

顔に出すのは苦手な分。
素直な気持ちを声にのせて。

「お前は、どう思う」

もっと、色々な言い方を考えていたはずだった。
だが、出てきた言葉を振り返れば、柄にもなく緊張していたのかもしれない。

短く紡いだ言葉と同時に、真っ直ぐと彼女の顔を見れば。
みるみるうちに真っ赤に染め上げて。
両手でその表情を覆ってしまったから。

今、お前はどんな表情をしている?
早く。早く。早くこっちを見てくれないか。

「それは……っ、反則じゃない?」

真っ赤な顔から見えた顔は、笑っていた。
目にうっすら涙を浮かべて、恥ずかしそうに笑っていたんだ。

それは、俺が考えたていたどんな返事よりも。
嬉しくて、幸せになる答えだったから。


どんな言葉よりも
(笑顔が返事の他ならない)


(20191016)


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