『どーんっ』

次のボールを、と手を伸ばせば腰辺りに頭突きをかまされた。
振り向くまでもなく、こんなことをするのはあいつしかいない。
はー、と息をついて声を出す。

「…何なのだよ」

『んー?何でもないよ』

そろそろ体育館閉められちゃうよー、と言われて時計を見れば、たしかに遅い時間だった。

「…着替えてくるのだよ」

『…はーい』

「……」

『どしたの?』

「いや…」

いつもと同じ表情だが、いつもとどこかが違う。
どこかがおかしいと顔を覗き込もうとすればその相手は、あ、と声をあげた。
その視線をたどれば、よく見慣れた黒髪が立っている。

『高尾ちゃん、お疲れさまでーす』

「どうもー
…っていい加減"ちゃん"付けやめようぜ、小春」

『え?
高尾ちゃんは高尾ちゃんだよ?』

「いやいや、だからぁ…」

ね、慎ちゃん?と見上げてくる小春。
知るか、同意を求めるな。
きっと、さっき感じた違和感は気のせいだったに違いない。
こいつはいつも通りマイペースなだけだ。

…なのに、

『あ、先輩たち先に帰っちゃったよ
私たちも早く行かないと!』

「…ねぇ、小春チャン俺のはなし聞いてる?」

『ん?
ハイチューを凍られたら美味しいって話?
うーん…私はレンジでチンする方が好きかも』

「え、何それうまいの!?
…って違う!!全く聞いてねぇじゃん!!」

「うるさいのだよ、高尾」

『そうなのだよ、高尾ちゃん』

「ぶはっ、全然似てねぇー」

『…ほっとくのだよ、高尾ちゃん』

「俺の方が似ているのだよ、小春」

『あはっ、全然似てないー!!』

「小春、高尾…!」

『怒っちゃ嫌なのだよ、慎ちゃーん』

「そうなのだよ、慎ちゃーん」

「二人とも黙るのだよ!!」

前言撤回。
いつも通り、ただただひたすら煩わしいだけだ。
しかも高尾が加わっているせいで倍以上の煩わしさだ。

『あはは、ごめんごめん』

「んじゃ、慎ちゃんからかうのもこれくらいにして…」

「おい」

「怒んなって!
俺らは着替えてくっからまたあとでな」

『え?私も行くよ?』

「ん、じゃあまたあと…えっ!?」

「何を言っているのだよ!?」

『だって先輩たちもう帰ったし入っても大丈夫でしょ?』

「俺たちが今から入るとこなんだが」

『うん、私も入るー』

「だから何でだよ!!」

『だからって言われても…
私も着替えたいし』

「いやいや、だから余計に男子更衣室に入っちゃダメでしょ!」

「何を考えているのだよ!」

『何って…
あ、大丈夫。二人のこと覗いたりしないから!!』

「そうじゃなくて…ああーもう埒が明かねぇ!!」

「…珍しく同じ意見なのだよ」

痛くなってきたこめかみを親指で押す。
高尾も同じようにあきれたような顔をしていた。

『やっぱりダメ、かな…?』

弱々しい声が聞こえた。
はじめて聞くような声色に俺と高尾は目を合わせる。
案外、さっき気のせいだと思っていた違和感はこいつの中で深刻なものだったのかもしれない。

「何かあったのか?」

なるべく優しい声で問いかけてみた。

『…笑わない?』

「笑わねぇよ」

『本当に?』

「人知は尽くすのだよ」

『…今日ね、』

「ぶふっ」

『笑うのはやっ!!』

「ごめんごめん、冗談だってぇ〜」

『…やっぱ話すのやめた』

「高尾…」

「冗談だって、いたいっ!
慎ちゃんマジ頭割れる!!」

「俺のは割れないから構わないのだよ」

『そうだそうだ、やってしまえー』

「ちょっ、キブギブ!!」


間。


「…で、何があったのだよ」

うるさい高尾をその場から退場させて、俺は再び小春と向かい合った。

『だから、言わないってば』

「なら、構わないが…」

『だから、言わな…ってあれ?』

「お前が言いたければ言えばいい。
言いたくなければ言う必要はないのだよ」

『う、ん…』

「とりあえずお前は着替えてこい。
あとで校門の前で待っていろ。
俺も着替えて…何なのだよ」

『…』

更衣室に向かおうとすればTシャツの裾が引っ張られた。
本当に何がしたいんだこいつは。
振り返れば小春はうつむいていて、もしかして泣くのではないかと思った。

『…ねぇ、更衣室に一緒にいっちゃダメ?』

「は?」

『今私を一人にしないで…』

「な、何を言っているのだよ」

『ねぇ、お願いだよ慎太郎』

顔をあげた小春は頬を赤らめて本当に泣きそうな表情をしていた。

こんな顔、俺は知らない。
知らないのだよ。

どくんどくん、とうるさいくらいに心臓が早鐘を打つ。
彼女から目を離せなくなった。

『あのね慎太郎、私…』

恥ずかしそうに目を伏せる。
これは、まるで…

『私、す…』

「ま、待つのだよ小春!」

『スズキさんが…』

「だから待てと…っ、は?」

『生前恋人に裏切られたスズキさんは髪を切ってなくなったそうなんだけど、そのスズキさんは満月の夜に…』

ふるふると頭を振る小春。
口にするのも怖いのか口に手を当て震えている。

……まぁ、そんなことだろうと思っていたのだよ。

『ねぇ、だからそばにいてよー』

「…元気がなかったのはそういうことなのか」

『え?』

「なんでもないのだよ」

ぽふん、と低い位置にある頭に手を置く。

「そんな非科学的なもの、存在するわけないのだよ」

『…慎太郎が言うと、説得力あるよね』

置いた腕の間から見上げる瞳が弱々しく笑った。

『だが!!それとこれとは話は別だっ!!
何がなんでも私は慎太郎たちと更衣室に入るよ!!!』

「お断りなのだよ!!!」

笑った、と思いきやものすごい形相で、腕にしがみついてくるからこちらも必死で引き剥がして。

「高尾!!手を貸せ!!」

『あ、ずるいじゃん!!!バカぁぁあ!!!』

「俺は着替えてきたよ〜」

「『裏切り者ッ!!』」

……こうして結局俺たちは練習着のまま帰宅することになった。
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