rain rain rain +++


アスファルトへ落ちる雨音に、阿耶は耳を傾けていた。

ここに来るまでは雨の気配など一切なく、残暑の残る真っ青な空が広がっていた。




**


阿耶はリムジンの後部座席に座り、スタンディングデスクには携帯電話が一台とワインやチーズなどのスナックが少し。
しかし、それを触るわけでも、用意されたものに口を付けるわけでもなく、阿耶はじっと横の窓を見ていた。

サンシートの取り除かれた窓には流れては消えていく景色と人。
留まったままの自分の顔。




『仕事』に向かう際、阿耶はいつも思う。

この顔が
この体が
すべてなくなればいいのに、と。


何もかも潰れてしまって、自分は動くことも考えることもできないものになればいい。

悩んだり
傷ついたり
痛かったりはもうたくさんだ。



安らかに、なりたい…


この流れる景色の一部になりたい…


女性であれ、男性であれ、体に触られるのに抵抗があるのは変わらなかった。


触ってくれと頼まれる分には、それは人ではなく、無機物だと思えば石か何かを触っていると変換すればさして苦痛ではなくなった。

だが反対はそうはいかない。

触られれば意識を閉じていたって感触は残る。記憶の片隅に電気が走る。
それが優しい手つきだろうと、乱暴なそれだろうと、ふたつに大差はない。

どちらの手も、そこに感情はない。

ただ己の欲望のみ、その手は自分を飲み込む。

ドロドロとした、暗くて冷たい底なし沼…


這い上がれない意識…


人形になりきれればどんなに楽か。

いや
なりきるんじゃなく、人形そのものに
自分が無機物になれば
何にも考えなくていいものになれば











行為が終われば、大概の人間はそのままチップを払ってその場を後にする。


気持ちの悪いキスを残して。




そうして阿耶はにっこりと微笑む。

「ありがとう。いってらっしゃい」


バタンとドアが閉まれば『仕事』は終わる。

阿耶はむりやり伸ばした顔の筋肉を収縮させ、ベッドにうつ伏せに倒れ込む。


それまで聞こえてこなかった雨音に、阿耶は耳を傾けた。

「雨…」
心地よい雨音に、枯れたと思った涙が溢れる。

しとしとと、周りの喧騒すべてを飲み込む自然の音。

包まれる優しい声。

残暑を和らげる涼しい風。

肌をなでる空気にこれ以上さらわれないよう、阿耶はシーツに顔を埋めた。



サイドテーブルに置いた携帯に、不在着信のランプがチカチカと光る。

体中の痛みは消えることなく、また次の仕事が入る。


人間のまま
生身のまま
阿耶は春を売るのだ










END

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