3.君の気持ち
 

「出歩くんなら、それなりの護身術は身につけておいたほうがいいよ」
神流はそう言って羅刹のマンション近くまで送ってくれた。
「阿耶は美人さんなんだからさ。でもいまだに信じられないな阿耶が男なんて・・・親に感謝しなきゃだめだよ。そんな綺麗に生んでもらったんだから」
神流はニコニコと一人で喋っていた。
「よく喋るな」
そう言って笑った。
「笑うとホント女の子みたいだ」




阿耶は神流と別れ、エレベーターでマンションの最上階まで登り、ワンフロアしかないドアに鍵を挿した。
「!?」

目を見開いた。

部屋がめちゃくちゃに荒らされていた。
靴箱からタンスから、何から何までがぐちゃぐちゃだった。

阿耶は恐る恐る靴を脱いで床に上がった。
「…っ」

足の裏に激痛が走った。見ると割れたガラスの破片が刺さっていて、透明に歪んだ蒼い血が伝って滴り落ちた。
  また、青・・・






「帰ったでぇ〜遅うなってスマンのぉ」
羅刹がドアを開けて驚くのに時間はかからなかった。
荒らされた部屋、点在する血痕・・・
靴も脱がず、羅刹は入ってきた。ぐちゃぐちゃになったリビングの中、阿耶はソファの下に膝を抱えて座っていた。足の裏には小さなタオルを当てていた。
「無事か・・・」
羅刹がほっと一息ついた。心底安心した表情だった。

「ガラス、踏んだんか?」
そう言って羅刹は床に散乱している救急箱を取り、阿耶の足に消毒し包帯を巻いてやった。
「驚かないんだな・・・」
阿耶が口を開いた。
「驚いたでぇ、自分殺されたんちゃうか思た」
「そうじゃなくて・・・」
「・・・仕事上よーあることや。もうなれてもうたわ」
そう言ってニッと笑った。
「仕事」
「戦争」
「戦争・・・」
「そう、戦争。争い事諍い事謀殺し裏切りなんでもござれ、や」
羅刹の答えに、阿耶は何も答えなかった。



「羅刹・・・これを覚えてるか」
阿耶は自分の首にかかっている十字架のネックレスを羅刹の前に差し出し、そこからナイフの刃を出した。
「それは・・・」


「まだ、持っとったんか…」
懐かしそうに目を細めた。
「俺は、これを見る度にお前を思い出す」
悔しそうに目を伏せる阿耶と、それを聞いて悲しそうな顔をする羅刹。そして、羅刹はそんな阿耶の小さな体を抱き寄せた。阿耶の体は羅刹の腕にすっぽりとはまった。
「堪忍なぁ」



「あんな糞みたいなとこに、12年もほっといてごめんやで…もうほんま、これからは絶対お前だけ守ったるさかいな」

今まで、羅刹に感じていた<裏切られた>という気持ちが、自分でも不思議なぐらいすっと薄れていくのがわかった。
こんな、いとも簡単に。

単純にうれしかった。
羅刹の気持ちが、腕の中が、とても心地よかった。

なんだ、自分は飢えていただけなんだ。

家族の、人との、繋がり。
温かい居場所。

安っぽいと言われても構わない。俺はこの人といっしょにいたかったんだ。



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