7.会いたくなかった
 



朝。
「これ、持っててね」
小聖堂に雛莉が入って来て、
「小型のトランシーバーだよん。これで仲間たちと確認しあえるからね」
と言ってヘッドホンの様な形をした小さなマイクがついたものを渡してきた。

「雛莉も行くのか」
「変?」
変ではないが…と思っていた阿耶を見て、雛莉は悲しげに笑った。あの日見た影と同じだった。
「みんなには待機してろって言われるけど、私は行かなきゃ…」



雛莉には一つ下の弟がいた。名は壱鷺(イサギ)。

二人が幼い頃に両親は戦死し、家族で政界側についていた雛莉たちは、徴兵を恐れ逃げるようにして反乱軍へ入ってきた。

「壱鷺は私なんかと違ってとっても頭がいいの。だからよく癸成と難しい話をしてたわ」


そしてある日、壱鷺は行方をくらました。癸成と共に、厳重な鍵をかけた「核」を持って。

「それから何日かして、壱鷺が政界にいるって噂を聞いたの。でも、嘘だって信じたい…この目で…。あの子は人を裏切るような子じゃない…!」










とっぷりと日が落ちた。

「用意はいいかい?」
みんな黙ったまま大きく頷く。黒いワンボックスカーに乗り込んだ数名の若者が神流をじっと見た。
「この地図のこの赤丸はセンサー部分。MGRの防犯はセンサーに頼ってるのが大部分だから」
神流は地図を渡しながら説明をしていた。
「機械に気付かれない限り、人には気付かれない」
「当たり前だろ」
「・・・」

阿耶は目を閉じ、神流の話を耳に入れながら、走る車の窓に頭を預けていた。


「僕たちの目的は一つ、核を取り戻すことだ」
癸成が言う。みんな頷いた。

「行こう」







月は雲に隠れていた。

『静かな夜を
   犠牲物たちよ
   今ここに集え
   我の種となりこの世を包むのだ
   叫べ犠牲物たちよ
   今だ 
   今しかないのだ』




「阿耶、そっちは大丈夫か」
インカムから神流の声が聞こえてくる。
「ああ」
阿耶は三階に来ていた。

真っ暗闇の中の壁は外観と同じ真っ白で、伸びた廊下はどこが終わりかわからない。

静寂が阿耶を包む。
耳が痛い。

心音がはっきり聞こえてくる。














突然。


突然、廊下が明るくなった。目が眩む。瞳孔がきゅっと閉じる。同時にあの奇音が耳に入ってくる。

「・・・耶・見・・かっ・・・か・・」
インカムから聞こえてくる神流の声も掻き消される。

そのとき

「逃げて!」

雛莉が阿耶に向かって走ってきた。後ろには赤い帽子を被った政界の奴らが3人、追い掛けてきている。

「早く!」
雛莉は阿耶の手を取って走った。


  いったい何がどうなってるんだ!?

阿耶の表情を読み取り、雛莉が胸ポケットから小さな薄いカードを取り出した。
「核よ!」

爆音が頭に響く。








「きゃあっ!」
赤帽に追いつかれ、雛莉は乱暴に床に引き倒された。
「雛莉っ」
駆け寄ろうとした阿耶を、太った、知能の低そうな赤帽が羽交い締めで引き止めた。
「ぅヘヘ・・」













細長い体の赤帽は、警棒をぱしぱしと手のひらにあて雛莉をいやらしい目で見る。もう一人の赤帽に両手を一括りに固定され、冷たい床に倒されている雛莉に顔を近づけ、雛莉の胸にちらちらと視線を投げながら
「核はどこに隠しましたか」
と笑う。明らかに、雛莉の胸ポケに入ってるのを知っていた。
「…」
雛莉は何も言わない。
「やれ」
細長い赤帽が、雛莉の手を掴んでいた赤帽に顎で指示した。
赤帽は頷く。そして雛莉の服を破った。
「いやぁっ!」
「やめろぉっ」
阿耶が腕をばたつかせる。
「いやー!」

頭が混乱する。

  なんだこれなんだこれ何だこれ!

「そっちも好きに・・・」
阿耶を羽交い締めにしている太った赤帽に言い放つも、横目でちらりと見ると、つかつかと近づき、持っていた警棒で阿耶の顎を支え顔を上げさせた。まじまじと舐め回すように見つめると
「ふむ。なかなか」
と息を吐いた。
針金のような指で阿耶の頬を撫でるとにやりと笑った。前歯の矯正器具が見えた。










「情報を聞き出すためには拷問が一番手っ取り早い」
手を後ろで縛り、椅子にくくりつけた。
「対象が女性であれば、辱めを受けさせればいい」
雛莉の抵抗する声が背後から聞こえてくる。
「やめろ・・・」
体に力は入るが、何もびくともしない。
「そして、」
警棒が阿耶に振り下ろされた。鈍い音と共に椅子ごと倒れる。
「君にはどうしてかとっても痛めつけたくなる衝動が抑えられない」
「っ・・・」
頬を打たれた際に口の中を切ったのか口内に錆味が広がる。
背後の抵抗する声が小さくなっているのを悟り、男を睨んだ。
「雛莉は助け」
言い終わらないうちに警棒は二度目を打つ。そして襟首を掴み、間近に対面した。
「美しい・・・」
そう言って、阿耶の口内を犯した。









朦朧とする意識。
鈍い痛み。
口内に起こる吐き気。
背後の声が抵抗をやめようとしている。
絶望の空気が包む・・・










「ア、ア、ア、ア・・・」
背後から、太った赤帽の狼狽した声が聞こえた。
自由がなんとかきく頭を必死に傾ける。
床に抑え込まれ涙と鼻水と、ぐちゃぐちゃになった雛莉と、覆いかぶさる赤帽、そして
その傍にいた太った赤帽の襟首を掴み上げる男が見えた。

「・・・」

赤帽は額から脂汗を浮き上がらせ、ガチガチと歯を鳴らした。

「何してくれとんねん、おどれらアァ?」

「ら、羅刹様っ!!!」

阿耶を弄んでいた細長い赤帽が姿勢を正した。



え・・・?


「あ?」
羅刹は、ガチガチ震えている赤帽の襟首を掴み上げたまま、巨体の弛んだ腹に拳を入れた。げぼぉ、と口から何やら吹き出し、巨体は床に放り投げられた。



俺は…夢を見ているのか…



羅刹は雛莉に馬乗りになっている赤帽に近づき、躊躇なく顎を蹴り上げた。
赤帽はそのまま何も言わずぺたりと突っ伏した。

「ら、羅刹様、こ、これには理由が…」
羅刹に駆け寄り、敬礼する細長い赤帽の肩に手を回し、羅刹はにっこり笑った。
「部下のおいたは上司のおいたやな?」
そう言って羅刹は赤帽のみぞおちに拳を入れた。唸りながら体を折り曲げた赤帽の顔を膝で蹴り上げ、背中を殴打した。
そして倒れた赤帽の腹を何度も蹴り続けた。



「…ら、羅刹・・・?」
まだ信じられない阿耶が小さく呼んだ。
「…」
その声に羅刹は蹴るのを止め、雛莉に近づいた。
「堪忍なあ、おじょうちゃん、大丈夫やったか?」

羅刹は怯える雛莉に、自分の着ていた上着をかけてやり、そばに落ちていたSDカードを拾い上げた。

「これは返してもらうで」
「っ、あ!だめっ」
手を伸ばす雛莉の腕を掴むと、雛莉は
「いやあ!!!」
と、声をあげて体を引いた。掴まれた腕はすぐに離される。
「堪忍な」

そして、羅刹は椅子ごと床に倒れ込む阿耶に近づき、縛られた手を解放してやった。
「家におれ言うたやろ、アホ」
「・・・どうして・・・どうして羅刹が・・・」

MGR(ここ)にいるんだ・・・

「・・・追っ手が来んうちにはよ行け」
「羅刹・・・」



聞きたい事が沢山あった。しかし言葉が出なかった。
阿耶はゆっくり立ち上がった。まだふらつく足をなんとかふんばり、震えの止まらない雛莉の手を取り走った。









MGRの外に神流たちの車があった。

「早く乗れ!」


月は雲から顔を出していた。




もう一度会いに行こう。
ちゃんと話を聞こう。



車に揺られながら、阿耶は重い瞼を閉じた。




月は微かに紅らんでいた−−−。




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