5.過去の忘却
 

もうすでに夜は明けていて、阿耶は神流に手を引かれ、廃墟と化したカトリック系の学園だったであろう建物へと連れてこられた。
壁には黒や金のスプレーで落書きがあったり、窓ガラスがまるごとなくなっていたりしていたが、崩れたキリストが見えていたり、大聖堂の面影があったりして、まだなんとなく厳格な雰囲気のある廃墟だった。




「おいで」
神流が手を差し延べた。しかし阿耶は首を振り断った。過去(むかし)を思い出したくなかった。



「神流!無事だったんだな!」
「おかえり!」
「大丈夫だった?」
「隣の子だぁれ?」
建物の玄関であったと思われる崩れた扉をくぐると、神流の周りを多くの若者が取り囲んだ。阿耶が困惑していると、神流が答えてくれた。

「彼らは仲間だよ。僕たちはみんな新政令の反対派なんだ」
神流が鼻をかく。
「とにかくこっちへ来なよ」
そう言って、今度はさっと阿耶の手を取った。
「癸成(ミズナリ)、MGR構内のプリントを頼むよ」
癸成と呼ばれた、白い建物から一緒に出て来た少年が頷いた。薄い眼鏡をかけていて、その奥の小さな瞳は阿耶をじっと見ていた。




「なぜ、俺を連れてきた…?」
廃墟の一室、簡素なソファがテーブルを挟んで2つあり、阿耶と神流は向かい合って座っていた。
「…僕と癸成はね、政府機関のMGR、あの建物のことだけど、そこの構造を知るために忍び込んだんだ。でも、センサーに感知されてしまって、なんとか逃げ出してきた金網の外に阿耶がいて。阿耶をそのままにしておいて、もし政府の赤帽が勘違いか何かで阿耶を捕まえてしまったら。捕まえるかもしれない。そうしたら、あいつらは容赦ないから・・・迷惑がかかる。うん、だから連れて来た」
ゆっくりと、丁寧に、神流は答えた。

正直、政府だとか新政令だとか反政府なんて聞いたことも考えたこともなかった。ニュースで見るブラウン管の中だけの話だと思っていた。孤児院にいて、それだけ狭い視野で暮らしていたんだと再確認させられた。だから、赤帽が容赦ないとか、この前出会った人物がレジスタンスのリーダーだったとかわかってもいまひとつ現実味がなかった。
何も言わずじっと俯いていて考えている阿耶に、神流が声をかけた。
「…阿耶」
「…」
顔をあげる。
「阿耶は、これから行くとこあるの?夜遅くあんなとこにいるなんて…」
胸が少し痛んだ。
「…なんでも、ない…」
答えにならない返事をして、長いまつげを伏し目がちに阿耶は俯いた。

「ねえ阿耶、よかったら反乱軍(ここ)にいないか?」
「…」
思いがけない誘いだった。
「…なんで」
自重気味に笑った。
「俺は何も出来ないよ」
その、レジスタンスが何をするのか具体的にはわからないけど、政府に何かしらの手腕を用いて抗う組織だというのは理解できる。ならばそこには何か目的みたいな、確固たる意思が必要だと言うのも。
しかし自分には何もない。
世間知らずの孤児院育ちで、唯一の知人はもういない。出会ったばかりの彼にすがるほど器はでかくなく、だからといってはっきりと断る決断力もない。自分は本当に何もない。
「阿耶」
神流は阿耶の頬を両手で挟んだ。びくっと肩を震わす。
「阿耶はね、そこにいるだけで、そばにいてくれるだけで原動力になりそうな気がするんだ」
「・・・」
「一番いいのは、阿耶が政府に対して何らかの反志があればなんだけど」
そう言って頭をかいた。
「・・・ない」
「うん、わかってるよ。ただ、うーん、ほっとけない、かな」
捨て猫を拾うみたいな理由だな、と思った。
同情?
それでも今の阿耶には十分の言葉だった。

「ありがとう…」

  俺を必要としてくれて


素直にそう思えた。








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