はじめまして(創作)

目をさますと

見慣れた丸い大きな目。

不思議そうに覗きこまれて

私は寝ていたことに気づく。

「ひろ、くん」

大きな目はさらに大きくなって

ひどく驚いたようだ。

小さな体は私の視界から消え

ばたばたと遠ざかっていく。

追いかけなきゃ

すぐに追い付く

足が遅くて有名だもの

運動会行きたくないって泣きべそをかく子だから

足をあげて前を見てって教えても

パタパタペンギンみたいに足は上がらなくて、上半身だけ進もうと頭が下を向いてしまう。

そんなヒロくんに追い付くのはいつも簡単。

だけど

だけど

動かない

動けない

体が

重い

改良された超軽金も、その機能を失ったみたい。

指の感覚もない


かろうじて声は出る

「ひろ、くん…ひろ、くん…っ」

聞こえなくなった足音の後、わずかに聞こえる話し声。

誰?

ヒロくん誰と話してるの?

旦那様も奥様も、ここにはいない。

ここにいるのは私とヒロくんだけ。


そう

ここはいつもの屋敷


「ヒロくんっ」


「おはよう。あんじ」


視界に入ってきたのはヒロくんより長身のやさしい顔をした青年。

「だ、れ?」

どうして私の名前を知っているの?

「弘成(ひろなり)」

ヒロくん?

同名?

「わからない」

つぶやいた私に、青年はやさしい目尻をさらに下げた。

「遅くなってごめん。やっと、きみを動かせる日が来たんだ」

遅く?

ごめん?

やっと動かせる?



そこで私は理解した。

埃をかぶっていた思考回路がバチっとショートする。



小さなヒロくんを連れて歩く私。

同級生にからかわれ私を否定する。

悲しかったけど

悲しむ感情は継続させない。

ヒロくんのお世話に支障を来す感情は持ち合わせてはいけない。





燃え上がる炎。

焼かれていく屋敷。

足の遅いヒロくんを守りながら向かう出口。

神経伝達の軸索を覆う部分が溶けていく感覚。

意識が飛ぶ瞬間。

「ごめんなさい」

ヒロくんの声がした。



そうか。

あの時の火事で私は壊れたんだ。

そして、ヒロくんが

「ヒロくんがまた直してくれたんだね?」

「遅くなったけど…」

「大きくなったね」

「もう30」

「20年もたったんだ」

「ちなみにちびもいる」

そういって脇を抱えられ、再び私の前に現れたのは大きな目。

「ヒロくんに似てる」

「名前は?」

ヒロくんの質問に

「ナリヒロ」

と答える小さな男の子。

「どっちもヒロくんだね」

「あんじ」

「はい」

「おかえり」

小さなヒロくんの背中に隠れて、大きなヒロくんは泣いていた。

「ただいま」

そして

「はじめまして」


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