「なまえさん、」

静かな海に響いたのは俺の声。

「ここ、いいね。ちょっと寒いけど」
「さすがに今の時期でも夜は冷えますね」
「そうだねぇ」

初夏の昼間の蒸し暑さから一変して、夜の海は少し肌寒い。なまえさんはカーディガンの袖を目一杯伸ばして少しでも暖を取っている。その手を握りしめる勇気も、いまの俺にはない。

「なまえさん、その、」
今までも何回かこういう雰囲気になったことはある。なのに毎回「堅梧くーん、そろそろ帰らないと心配しちゃうんじゃない?お家の人」そうやって、あなたは本心から避けようとする。

小さい頃から一緒にいたせいか、なまえさんより3歳年下の俺に相変わらず弟のように接してくる。

「なまえさん…!」
「ん?」
「はぐらかすのは、もうやめませんか。俺はいつまでもあなたの弟じゃない」
「堅梧くん」
「どうしてですか、なぜ俺では駄目なんですか」

なまえさんが風に舞う髪の毛が邪魔で耳に髪をかける。刹那、彼女の小さな体を腕の中に閉じ込めた。俺の早い心臓の音が彼女にも聞こえているのだろうか。

「やだなぁ、私なんてもう20だよ?もっと若い子の方が堅梧くんには似合うよ」
「どうして、そんなこと言うんだ」

自分でも聞いたことがない位弱々しい声が出てしまった。「俺はなまえさんじゃないと嫌だ。」腕の中で小さく震える彼女に「俺のこと好きですか」と畳み掛ける俺は酷いやつだろうか。だって、君だってわかってるでしょう。

「わ、私でも、ほんとにいいの?」
「はい、もちろんです」
「あのね、」
「はい」
「私も、好き」

そのたった一言が聞きたかった




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