正直言って、先輩がオレのことだけを見てくれているのかと言ったら答えはノーだ。こう言うのも何だけれど、先輩は人気者なのである。学園の華――とまではいかないが、なかなかに男子生徒からの受けもいい。それはひとえに彼女が明るく、誰にでも平等に優しいからだろう。男なんて単純なもので、だから彼女に恋をする。

 閑話休題、オレこと芳屋直景は、苗字なまえ先輩のことが好きなのである。

 オレからしたらとんだ高嶺の花だ。つい昨日のことだったか、先輩がかの有名な生徒会長たち――もとい、四天王の方々と楽しそうに談笑しているのを見てしまったし、朝は幼馴染みの如月先輩と登校しているのも見た。彼女の周りにいるのはまるで騎士みたいな人たちばかり。勝敗なんて目に見えてるくらいである。


「なぁんて言う割りに、直景も諦めないよねぇ」
「……まあ、それは」
 目の前で友人の桜沢瑠風がイチゴ味のポッキーをぱきん、と唇で割った。黒板には自習、とでかでかと白いチョークで記されているが教室内は課題なんて見なかったことにして談笑に勤しんでいる生徒が多い。かくいうオレも教科書を広げるだけ広げて、前の席の瑠風と喋っているので人のことは言えないのだけれど。

「僕は結構イケると思うんだけどなぁ。苗字先輩、キッチリしてるけど実際割と抜けてるよ? 前に酪農体験で一緒になったときも思ったけど」
「待て、オレそれ聞いてないんだけど」
「言わなかったっけ? 牛の乳搾り一緒にやったよぉ」
 醜いなあ、と思いつつ目の前の友人にちょっと嫉妬する。若干の恨みも込めてオレは瑠風の手からポッキーを一本抜き取って口に運んだ。イチゴの甘いフレーバーが口の中に広がる。

「逆に好都合なんじゃないの、先輩の周りに沢山男がいるって。如月先輩とか露骨じゃん、先輩のことずっと守ってきましたって感じする」
「それが何」
「守られ慣れてる、ってコト。さながらイージスの盾だったのかもしれないけどさぁ、陣地に入っちゃえば直景のものなんじゃないのぉ」
 これみたいに、と瑠風は手元にある日本史のテキストを指差した。懐に入りさえすれば、敵将の首を獲るのなんて簡単なこと。確かに彼の言う通りではある。ただ、イージスの盾。その盾が強固なだけで。

 瑠風はポッキーを一本手に取ると、オレの口にぐいっと押し付けた。


 終業チャイムが鳴ってすぐ、部活があるからと体育館に向かった瑠風に手を振ってオレは教室を出た。今日は監督とキャプテンが練習試合の日程を決めに行っているため部活はない。寄るところもないし帰宅して予習でもしようかと階段を下れば、すぐ下に見覚えのある姿があった。
「なまえ先輩!」
「あ、直景くん。直景くんも今帰るところ?」
「はい。先輩も帰りですか?」
「うん。委員会もないし……あ、そうだ直景くん、よかったら一緒に帰らない? 方向一緒だったよね」
「え……いいんですか?」
 うん、と笑う先輩にこちらまで頬が緩みそうになる。だが先輩の前でだらしない顔を見せる訳にもいかないのでそこは引き締めて、オレは肩から提げている鞄を背負い直した。

 急いで階段を降りて先輩の隣に並ぶ。昇降口に着いてから上履きをスニーカーに履き替えた。授業が終わったばかりだからか昇降口はざわついている。外ではサッカー部と陸上部がランニングをしているところのようだ。


 先輩と肩を並べて、まだ明るい商店街を歩く。今日あったこととか、授業の話とか。もうすぐ夏休みですよね、とか。

「それでね、友達が……きゃっ!」
「先輩!」
 話に夢中になっていたのか、段差に気付かずに先輩が足を捻る。オレは慌てて手を伸ばしてその身体を抱きとめた。あ、シャンプーのいい香り……じゃ、なくて!

「なまえ先輩、大丈夫ですか?」
「あ……う、うん。ごめんね、直景くんこそ怪我はない?」
「オレは全然平気です。足腫れたりしてませんか?」
「わたしは大丈夫。直景くんのお陰だよ」
 まるで花が咲くみたいに彼女は笑う。ああもう、反則だ。そんな笑顔。そんな風に笑い掛けられたら誰だってなまえ先輩のことを好きになってしまう。オレと同じように。

 先輩の身体に回していた手をそっと離して、段差がないことを確認して彼女の隣に並ぶ。鞄を持っていない左側に。どうしようかちょっとだけ迷ったけれど、意を決してオレは右手を伸ばした。
 瑠風の言葉を借りるなら、ここはもう先輩しかいない陣地だ。騎士は誰も居ない、オレだけのお姫様。

「なおかげ、くん?」
「転ばないように……って、今は言わせてもらえますか?」
「……うん。ありがとう」

 きゅっとなまえ先輩の手を掴んで、それからオレはまた歩き出す。不思議なことに、抱きとめたときよりも近くに彼女の香りを感じられる気がした。




2014.08.04 柿村こけら
お題:覚悟を決めて伸ばした手は




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