その行為この時代に彼女が戻ってきたあの日、御神木の下で確かに偕老同穴の契りを交わしたはずなのだが、犬夜叉はかごめに必要以上に触れることはなかった。ことに、夫婦になったというのに同衾したことすらないのだった。ぬるま湯に浸かっているような穏やかな新婚生活に、居心地の良さはあれど、かごめは少々の物寂しさを覚えていた。 「……もしかして、あたしじゃ不満?」 と、かごめは項垂れた。犬夜叉は狼狽えて声を上擦らせる。 「ふっ、不満とか、そういうんじゃねえけど…」 「じゃあなんであたしと距離を置こうとするの?あたし達…夫婦なのに」 几帳面に敷かれた衾の上で、白襦袢を着て正座したかごめの姿は、貞淑な妻そのものだったが、焦れたような声は些か艶を含んでおり、犬夜叉は確かな胸の高鳴りを覚えた。 「その……不安にさせてたなら、すまねえ」 今度ばかりは妥協して、犬夜叉は素直に頭を下げた。しかしかごめと目が合うと、慌てて瞳を伏せた。渋い顔をしたかごめを盗み見たあと、犬夜叉は冷や汗を流しながら目を固く瞑る。 「……俺、怖いんだ。お前に触れるのが」 消え入るような声だった。瞠目したかごめが身を乗り出すと、胡座をかいたまま犬夜叉は僅かに後ずさった。それが癪にさわり、かごめは逃げ腰の犬夜叉の手をしかと掴んだ。 「はっきり言ってよ。どういうこと?……もしかして犬夜叉は、あたしのことが嫌いになっちゃった?」 「そんな訳ねえだろっ!」 犬夜叉は語気を荒らげた。今度は躊躇なくかごめの両肩を掴み、そのまま皺一つない衾の上に彼女を抑え込んだ。目を白黒させるかごめに馬乗りになって襦袢の合わせ目に手を伸ばしかけたところで、犬夜叉は苦痛に顔を歪める。 「……これでわかっただろ。俺はきっと、お前に優しくしてやれねえ」 それだけ言うと、かごめの前髪をかきあげて、彼女の額を宥めるようになるべく優しい手つきで撫でながら、犬夜叉は深く溜息をついた。 「別に優しくなんか、してくれなくたっていいのに」 かごめは、ぽつりと呟いた。それは意外な言葉だった。犬夜叉は困惑しながら彼女を見下ろす。彼女は不満げに唇を尖らせている。 「かごめ…?」 「あのね、犬夜叉は犬夜叉らしくいてくれればいいの。無理に優しくなろうとしなくていい。あんたの不器用なところとか、デリカシーがないところとか、そういうの全部引っ括めて、あたしはあんたを好きになったんだから」 それから気恥しくなったのか、顔を赤らめて横を向いた。犬夜叉がその頬を両手ではさんで再び上向かせると、かごめは更に赤面して手足をじたばたさせた。 「ちょっと!は、恥ずかしいから、今あたしの顔見ないでっ」 「なんでだよ。こんなにいい顔してんのに、見ねえでいられるかってんだ」 「はあーー!?」 羞恥と激昂の入り交じった声に、犬夜叉は肩を揺らして笑った。それから急にニヤリと不敵な笑みを浮かべて顔の距離を近づけ、彼女の唇に人差し指を当てて、 「……ま、せっかくの誘いだし、乗ってやらねえこともねえ。その代わり、優しくはしねえからな」 とやけに上から目線で告げ、沸点に達したかごめの手痛い蹴りを致命的な部分に受け、おまけに翌日足腰が立たなくなるまで言霊によって苦しめられた。 そのさらに翌日、これを聞いた法師と退治屋はあまりの間抜けぶりに失笑し、子狐妖怪は余計な一言によって凶暴な半妖に腹癒せとばかりにタコ殴りにされ、半妖は鍬を持った巫女に村中追い掛け回されながらまたしても「おすわり」を食らい続ける羽目になった。 end. back |