毒 服す


傷の治りがすこぶる悪い。
 軍医風情で合戦場などに居合わせたことが運の尽きだった。流れ矢を撃ちこまれた二の腕は青黒く変色している。呪われた血に触れたやじりはとうに溶けて失せたが、そこに塗られていた猛毒はすさまじい速さで彼の体内をかけめぐっていた。
 彼の手当てを受けていた足軽たちが容体を案ずる中、摩緒は水を汲んでくる、と平静を装って幔幕まんまくの外に出た。裏手には深い森が広がっていた。人目につかぬ森の奥まで入っていくと、言いつけ通り小さな従者が切り株に腰かけて彼を待っていた。
「摩緒さま」
 がくりと膝を折る摩緒にすかさず駆け寄ってくる。彼はふと自嘲の笑みをこぼした。
「負傷兵を介抱するつもりが、この有様だ」
「毒矢に射られたのですね。解毒しましょう。あるいは手前が毒を吸い出せば……」
「いや、私の血に触れてはいけない。それに毒はもう全身に回っている。手遅れだよ」
 と言って咳き込むその口から、血反吐が吐き出された。乙弥は葛籠つづらの中から懐紙の予備を出してきて彼の口元にあてがうが、みるみるうちにそれは赤黒く染まっていく。
「摩緒さま。もはや時間がありません」
「……」
「蠱毒をお飲みください」
 うつむく摩緒の額から結び目のゆるんだ白い鉢巻がはらりとほどけた。その眼下に乙弥の手で蠱毒の壺が据えられた。一見何の変哲もない素焼きの壺だが、その黒々とした奥底には無数の毒虫がうごめいている。蠱毒の熟成を乙弥に命じたのは他ならぬ摩緒自身である。だがいざそれを口にする時が訪れると、彼の心には躊躇いが生じた。
「──これを飲めば、私は本当の化け物になってしまうのではないか。この壺の中にいる毒虫たちと、同じものになってしまうのではないか」
「摩緒さまは、摩緒さまです」
 式神の黒い双眸が葛藤する彼をじっと見つめている。
「生きて、猫鬼をお探しになるのでしょう?」
 その問いかけは、受けた傷と迷いに甘んじて眠りかけた摩緒の心を揺り起こすかのようだった。──猫鬼。その名を口にするだけで体内に流れる血がにわかに熱くなる。唇を噛みつつ彼はおもてを上げた。乙弥が柄杓ひしゃくで蠱毒の汁をすくい上げ、彼の眼前に差し出してくる。黒い泡がぼこぼことはじけている。溶けきらない毒虫の死骸が浮かんでくる。
「……私はまだ死ねない」
 呪いの言葉のように低くつぶやきながら、摩緒はその縁にそっと口をつけた。


 



2020.10.25

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