はちすの糸



 徒歩かちよりもはるかに遅く進む船に揺られていた。船上にはいくつかの人影があり、その中の一つに見知った巫女の後ろ姿があった。彼女は朱塗りの欄干に両手を添え、靄のかかった水上の景色を見渡していた。おのれが引導を渡した巫女の横で、半妖は親を慕う雛鳥のようにその行動にならった。穏やかに航行する船の周りには、白や薄い桃色の蓮の花が、夜の闇など知らぬようにほのかな光を放ちながら咲き群れていた。
 これは死者をあの世へ渡す宝船で、あれは死者を案内する水先観音なのだと、船首にたたずむ立像を指して巫女は言った。そうしたことに半妖はまるで関心がなかった。その指がいつ、責めさいなむ言葉とともにおのれに向けられるのだろうとばかり考えていた。だが予想に反して巫女はそれきり口を閉ざした。浄土の水のように澄んだ瞳はただ朦朧とした霧の彼方へそそがれていた。
 やがてあの世の使者が、三つ折りにしたまっさらな衣を彼女へ差し出してきた。それは蓮の糸で織った経帷子きょうかたびらだという。行くのか、と彼は一言尋ねた。巫女にのみ船を下りる時が訪れたのだと予感した。蓮の衣を身にまとった彼女はまばゆい御光みひかりにつつまれ、その神々しさに船上にはひれ伏す者さえあった。
「奈落。──いや、鬼蜘蛛」
 白い手が、おのれの帷子からするすると一本の糸をより出した。蜘蛛の糸のようにか細いが、似て非なるものが彼の手にゆだねられた。女神でも巫女でもなく、桔梗という人の眼が語りかけていた。手繰ればいい。許しを乞うものには、罪は許されているのだと。



20.10.18

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