九生について


 贋物にせものだよ、と手にも取らぬうちに彼は断定した。
「それは万病に効く薬などではない。ましてや不老長寿になど、そう簡単になれるものではないからね」
 菜花はぽかんと口を開けて、机に向かうその背中を見つめていた。
 彼女の手元には小さな薬包がある。「長命散」という古めかしい赤字が捺されているそれは、巷で流行りの良薬なのだといって、患者が得意げに持ってきたものだった。効果覿面なので、この診療所でも処方してみてはどうか、とご丁寧に打診してくるほどの重宝ぶりだった。
「あんなに気に入ってたのに。インチキ薬なら、なんでそうだって教えてあげなかったの?」
 菜花の声に非難めいた響きを感じ取った摩緒は、書き物を中断して彼女に向き直った。
「病は気から、というだろう? その万病薬を本物と思い込んでいるのなら、あの患者ひとはきっと心健やかに過ごせるはず。ならば、あえて本当のことを告げる必要もないと思ってね」
「ああ、そういうこと」
 菜花がほっとしたような顔で肯く。
「そういうの、なんて言うんだっけ。……あっ。プラシーボ効果かあ」
 珍妙なことをつぶやいて一人納得しているかたわら、擂鉢すりばちで薬草を摺っている乙弥が解せない様子で小首を傾げていた。
「でも、本当に買う人がいるんだ。不老長寿の薬なんて」
「そうだね。いつの時代にも、こういうたぐいのものは世に出回る習いらしい」
 摩緒はおもむろに椅子から立ち上がる。彼女の頭上で、不意に雨雲が立ち篭め始めたように、彼の影が菜花へと薄く降りかかった。摩緒を見上げる菜花の瞳孔がいつの間にか開いていた。薬包は彼女の手から、彼の手へと移っていく。
「不老長寿など、そう良いものではないのだけれどね」
 定位置に戻るや、摩緒は机の抽斗を開け、その奥にまがい物の万病薬をそっとしまった。
「それでも私を羨む人を、たくさん見てきたが……」



20.08.30
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