ガラスの靴



 雑踏の中で数年ぶりに見つけたあかねを半ば強引に車に乗せて、連れ帰った。
 暫く離れていた間に彼女は驚くほど綺麗になっていた。傍若無人な自分への嫌悪にゆがむ表情は劣情を煽った。もう自分を見てくれないと分かっているからこそ、余計に凶暴な衝動を掻き立てられ、抵抗する身体を力でもって抑え込んだ。
「最低。やっとあんたから逃げられたと思ったのに」
 いつしか涙声になってあかねは自分を罵った。覆水が盆に返らないことを思い知り、唯々床に溢れた水を足元に浴びて立ち竦む自分がいた。でももう、水が返らないなら空のままでもいいと思った。頭の中は、妙に冴えていた。
「あたし帰る。ここを開けてよ」
「帰るって、どこに」
「ユウタがいるところよっ」
「ユウタって誰だよ」
「誰だっていいじゃない、あんたには関係ない!」
 壁を拳で殴った。ほんの少し驚かせようとしただけだったが、拳がめり込んだ壁は存外に不吉な音を立てた。ひび割れた白壁を見てあかねは凍り付く。
 ベッドのすぐ側に転がっていた、片方だけ脱がした黒いハイヒールを、窓の向こうに放り投げた。顔面を蒼白にしたあかねの腕を、掴んで引き寄せる。
「残念ながら、そいつの所には帰れないな。俺が帰さないから」
 死刑宣告を受けたかのような顔が滑稽だった。そして慕わしかった。
 恨むなら恨め。過去の柵と怨恨、全て引っ括めてお前を奪ってやる。




end.

back




×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -