身の上知らず




 はたと横顔を見られているような気がした。隣に座る乙弥が彼の袖を引く。
「摩緒さま。菜花さんですよ」
 示された方角にゆるりと視線をめぐらせる。西日の当たる橋の袂に彼はその姿を見いだした。見慣れた短髪と奇抜な洋服。おおかた彼らの居場所をつきとめるのに難儀したのだろう。不機嫌そうな顔つきもとうに馴染みのものである。
「で、今度はこんなところで何してるわけ?」
「橋占だよ」
「ハシウラ……?」
 首をかしげる菜花に、乙弥が説明する。
「橋の上で占いをすることです。摩緒さまは陰陽師なので、時々こうして占いをなさいます」
「へえ、占い……。だからいつもと違う格好なんだ」
 まじまじと物珍しそうに摩緒の羽織姿をながめる菜花。摩緒は袖に差し入れていた両手をぬきだし、顔の前で用心深く組み合わせた。
「猫鬼の情報を集めるにはうってつけだからね。──ああ、でも易者稼業は久し振りかな。江戸の時世には随分と同業者がいたものだが、明治になってめっきり減ってしまってね」
「うん。さっきからすごい目立ってるよ」
 橋行く人々がちらちらと好奇の眼差しを向けてくることを言っているのだろう。
 摩緒に言わせてみれば、橋占などという前時代的な光景よりも、「当世風」の範疇をこえた菜花の装いの方こそがよほど好奇の的だろうと思われるのだが。
 人目をひく異様な姿という点においては、摩緒自身も決して人のことを言えた口ではないので、黙っていることにする。
「菜花。おまえを占ってみようか」
「私?」
 露骨に気の乗らないような顔をする。「いいよ、別に。占いとか信じないし……」
「そうか。けれど、それが賢明かもしれない」
 独り言のようにいいながら、摩緒は手持ち無沙汰に束ねてあった算木《さんぎ》と筮竹をとりあげる。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦というから」
「……占いなんかあてにならないってこと?」
「ああ。そうだね」
 菜花がほっと小さな溜息をつく。
「それ聞いてちょっと安心した。初詣のおみくじで凶なんか引いたら、一年が台無しになっちゃう気がするし──」
 摩緒はちらとその顔を見上げた。占い自体を信じないのではなく、悪い結果を信じまいとしているらしい。この娘はどういう星の下に生まれたのだろう。何の気なしに台の上へ卦をつくってみる。
「……」
 思わず摩緒は隣の乙弥と顔を見合わせた。意味ありげな主従の目くばせを前にして、菜花は眉をひそめている。
「ねえ、もしかして今私のこと占った? そうでしょ。──なんで目をそらすのよ、摩緒!」
(世の中、知らない方がいいこともある……)
 今にもつかみかかってきそうな気勢の菜花だが、明後日の方を向いてそしらぬ顔をする摩緒であった。




2020.02.03

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