鬼あそび



 誰に聞いても答えは変わらない。老人から子どもから牛馬の果てまで、知らぬ存ぜぬの一点張り。だが今日はこの村を出てはいないはずなのだ。なのになぜ、どこにも姿が見当たらないのだろう。
「そうか。犬夜叉、おぬしにも見えなんだか」
 苛々しながら手がかりをあたっていると、唯一、村巫女の楓だけが訳知り顔をした。問いつめてみれば、かごめはある「稽古」の最中だという。
「──で、どこにいるんでい」
「いるではないか。すぐ近くに」
「ああ? かごめの匂いなんざしねえぞ……」
 不機嫌そのものという顔つきで鼻をひくつかせていた時、不意に頭の後ろからふたつの手が伸びてきて彼の両眼を覆いかくした。
「だーれだっ?」
 いともたやすく背後をとられたことにもその声にも驚かされ、犬夜叉は目をみはって振り返る。至極得意げなかごめの瞳とごく真近で出会った。
「結界を張る練習してたの。どう? 結構上手でしょ」
 犬夜叉は動揺を隠せない。幽霊にでも逢うたようにかごめの頭の天辺から爪先まで幾度も視線を往復させる。
「いつからそこにいたんだ?」
「ちょっと前からよ。声かけようと思ったんだけど、犬夜叉、全然気付かないんだもん」
 これには彼の片頬がぴくりと引きつった。聞き捨てならない台詞である。
「このおれがかごめの匂いに気付かねえだと? そんなはずがあるか。──よし。かごめ、もう一回やってみろ」
「……はあ?」
「結界だよ。今度こそ、絶対に見破ってやる」
 瞳を燃やして意気込む犬夜叉。かごめは相変わらずのその負けん気にあきれ顔をした。だがその一方、
「──結界破りの鉄砕牙は反則だからね!」
 しかと念を押すことは忘れぬあたり、案外似た者夫婦であるのかもしれない。

 退治屋の珊瑚は洗濯物を干しながら、三人の子どもをあやしている。やがて双子の娘たちが村合いの一本松の下で所在なげにうろうろしている緋衣を見つけ、「かくれおにー!」「おにごっこー!」と口々にさけんだ。
「あの二人は、本当によく飽きないよねえ」
「まあ、したいようにさせておきなさい。追うも逃げるも恋の路、隠れるも見つかるもまたしかり」
 愛娘たちを両手に花とばかりにかかえながら、高みの見物を決めこむ弥勒。
 そうした仲間たちののんびりと見守る視線に気づく由もなく、犬夜叉は血眼になって地面に這いつくばっていた。かごめとの勝負は昨日までで三勝三敗と引き分けている。七日目の今日こそは決着をつけたい。
 結界の霊力をかいくぐり、首尾よく見つけ出したかと思うと、翌日にはさらに強力な結界を張ってくる。その繰り返しだった。──そうして競い合うことで、知らず識らずのうちにかごめの結界の精度を高める助太刀をしていることなど、犬夜叉は夢にも思わない。
 かごめはこの腕くらべをいわば霊力と妖力の対決ときめこんでいたが、犬夜叉は違っていた。彼にとってはまぎれもなく愛の試練だった。かごめの存在を察知できないということは、犬夜叉にとっては天地をさかしまにひっくり返したよりも一大事である。
「くそっ、やっぱり匂いがわからねえ……」
 犬夜叉は固く目を閉じた。両手で耳をふさぎ、嗅覚のみをとぎ澄ます。──鼻から空気を吸い込んだ瞬間、はっとした。かすかな妖怪の臭いが飛ぶような速さで村に近づいてくるのを感じたのだ。
(かごめはどこだ!? もし鉢合わせたら──)
 頭上の一本松に跳びあがり、犬夜叉は村の奥手につらなる山の稜線に目を凝らした。

 かごめは木の陰でじっと息を潜めていた。妖気が近づいてくる気配を感じ、はじめは犬夜叉が見つけにきたのかと思ったが、見当外れだった。
(隠れ鬼なんかしてたから、本当の鬼が来ちゃったのかも……)
 さすがに場数を踏んでいるだけあり、予期せぬ妖怪との遭遇にも物怖じしたりはしない。結界を保つため手に持っていた榊を横ざまに口にくわえ、弓矢をとる。
「──かごめ!」
 遠くから犬夜叉の呼ぶ声が聞こえた。彼も妖気を嗅ぎとったに違いない。それに勇気づけられたかごめはちらと木陰から顔を出し、様子をうかがおうとすると、──木の裏側からぬらりと彼女を覗いてきた何かがある。
「──っ!」
 かごめの口から聖なる木の枝がこぼれ落ちた。その瞬間彼女の保っていた結界は完全に霧散した。
「かごめーっ!!」
 すぐさま犬夜叉が鉄砕牙を振りかざして匂いのする先へ駆けつけた。木々の間を抜けると、かごめは木の根元に膝をついている。その霊力に浄化されたのであろう妖怪の骸が横たわっている。
 犬夜叉の姿をみとめ、かごめはここ数日ぶりの嬉しそうな笑顔を向けてきた。
「かごめ、無事か! 怪我はねえか!?」
「うん、大丈夫。──犬夜叉、見つけてくれたんだ」
「当たり前だろうが! おまえがどこにいたってなあ、おれは……」
 気色ばみかける犬夜叉だったが、ふとがなり立てるのをやめて、また一歩かごめに近寄った。おもてを上げたかごめの瞳をじっと覗きこんだかと思うと、溜息をひとつこぼし、参ったとばかりに額をおさえる。
「──……わかった。いいか、この勝負はもうおれの負けでいい。負けでいいから、だからもう、絶対におれから隠れたりするなよ」
「犬夜叉」
「いいか? 約束だぞ。絶対に」
 約束という言葉が犬夜叉の口から出たのは初めてのことだった。譲歩されることも。縋りついてくるような抱擁を受けとめながら、かごめはようやく彼があれほど取るに足らない勝負に対して一生懸命だった理由を知った。
(私だって、やっぱりあんたには勝てないわ。……逃げても、隠れても、結局は犬夜叉に見つけてほしいんだもん)



2020.01.26

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