星はさやかに

 毎年この時分になると、子ども達は色めき立つ。
「良い子にしていれば、今年もきっと"三太郎"が来るよ──」
 ──大人がこう耳打ちするたけで良い。それだけで、手のつけられない悪童さえも、借りてきた猫のようにおとなしくなる。
 ある時、村の巫女が子ども達に語り聞かせた遠い国に伝わる"三太郎"の物語は、時を経てすっかりこの村の冬の風物詩となっていた。
 “三太郎”は、星の美しいある冬の夜、眠る子ども達の枕辺へ現れる。──そして“贈り物”を授け、去っていくのである。
 赤い衣をまとい、口元にたっぷりとした白ひげをたくわえ、肩には“贈り物”がたくさんつまった叺(かます)を背負う、“三太郎”──。
 その姿を目にしたことのある子どもはいないが、毎年、必ず枕元に置かれてある“贈り物”が子ども達にとっては、“三太郎”が確かに存在するという何よりの証であった。
「新しいコマがほしい!」
 ある子どもは微笑ましい望みを打ち明け、
「弟か、妹がほしいですっ」
 無邪気な希望をおおっぴらにして両親を赤面させる子もあり、
 また、
「美しいおなごを御大尽のようにごまんとはべらせてみたいものですな。……いやなに、ほんの冗談です。はっはっは」
 などと子らに便乗して本音とも判じがたい戯言を口にし、妻君の鉄拳(せいさい)を食らう法師もいた。
 その年の冬も、村の子ども達は“三太郎”の訪れを待ち焦がれた。
 ある家の子が、夜半にふと目を覚ました。
「…………?」
 枕辺で人影が動いた。暗がりで姿がよく見えない。だが、相手の方は夜目が利くのか、子どもが起きていることに気付いたらしい。上掛けの衣を鼻先まで引き上げ、まばたきさえ忘れて自分に見入っている子どもの頭を、くしゃりと撫でた。
「──……内緒だぞ、いいな?」
 そして聞き覚えのある声をその耳元に残したかと思うと、足音も立てずに去っていくのだった。
 その枕元には、“贈り物”が置かれていた。
 子どもは家を飛び出すと、真っ先に村のはずれにそびえ立つ一本松へ向かった。
 その人は、木の上で眠っているのか、幹に頭をもたれて微動だにしない。
「──“三太郎”さん、ありがとう!」
 声を張り上げれば、赤い衣がぴくりと動いた。 憮然とした顔で見下ろしてくる。
「……おい、寝ぼけてんのか? 寝言は寝て言え」
「ねえ、おれも登らせて!」
「うるせえ。こう見えてもじじいなんだ、夜くらいゆっくり寝かせろ……」
「登りたい! 登りたい!」
「あーっ、やかましい! わかったから、わめくなっ」
 根負けして地面に降り立ってくれたその人は、子どもを片脇にかかえると、また、もとの場所へと跳躍した。
「ねえ。どうして“三太郎”は、みんなに内緒なの?」
「なんのことかわからねえな」
 その人はフイとあさっての方を向く。
「大人どもから聞かなかったか? へたに詮索すると、おまえの所にはもう来なくなるぞ」
「えー……」
 子どもは拗ねて頬をふくらました。
「でも、犬のじいちゃんの匂いだったから……」
「おまえの鼻はあてにならねえな。──まあ、他のガキどもよりは利くんだろうが」
 くしゃみが出た。ほら見ろ風邪ひくぞ、とその人は赤い衣を脱いで子どもの肩に被せかけてくる。
「いいよ、じいちゃんが寒くなっちゃうよ」
「ガキが一丁前にくだらねえ心配すんな。そんなことより、冷えて寝小便するなよ?」
「……し、しないよ、おねしょなんかっ!」
 “三太郎”の衣にすっぽりくるまりながら、子どもはその人が遠い目をして夜空を見上げているのを、じっとながめた。
「じいちゃんは、なにがほしいの?」
「……あ?」
「もし、じいちゃんも、“三太郎”からなにかもらえるとしたら……」
 その人はおかしそうに笑い、子どもの頭をまたくしゃりと撫でた。
「なんもいらねえよ。クソガキ」
 他には何も──。
 そんな心の中のささやきを、子どもが拾うことはついぞなかった。
 ただ、数十年の昔にも、あるいは数百年の未来(さき)にも、誰かがこうして仰いでいたであろう星の瞬きを、その人の瞳の中に見出していた。



2019.12.12

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