夜が明ける前に目覚めた日硝子窓の向こうはまだ薄暗く、黎明は遥か程遠いところにあった。硬い畳から身を起こして、背伸びしながら欠伸をする。肩から掛けていた羽織が滑り落ちるのと、その人物と目があったのとはほぼ同時だった。 「おはよう」 少し離れたところで、壁に寄りかかって座っていた真宮桜が挨拶した。こちらを見て微笑んでいる。いるはずのない人物の存在に、一瞬、思考が凍結する。 「ど、どうして、お前がここに」 「覚えてないの?ゆうべのこと…」 もの寂しそうに視線を落として真宮桜は呟いた。ゆうべのこと、と言われても何も覚えていない。だがもし、自分が真宮桜に何か不遜な態度をとったのだとしたら。顔から血の気が引いていく。 「俺、お前に何かしたのか……?」 四つん這いになって近づきながら恐る恐る訊いた。真宮桜は、繕ったような微笑みを浮かべた。 「覚えていないならいいの。気にしないで」 薄闇の中で空元気を出したような声がした。気にしない訳がない。 「教えてくれ、俺が何かしたんだろう」 「だからもういいって」 「そういうわけにもいかない、頼むから教えてくれ」 「いいってば!」 抑え込めていた癇癪を爆発させたかのようだった。真宮桜はそのまま立ち上がって出ていこうとした。その手首を、咄嗟に握った。 「あ」 間抜けな表情で見つめ合った。外が少しずつ白んでくる。六文が畳の上で寝返りを打っている。 「えっと……夜明けでも見に行くか」 「は?」 気の利いた誘い方ができず恥ずかしくなった。真宮桜は呆気にとられた顔をしている。それでも今はまだ帰すわけにはいかない。何が起きたのか話し合う必要があった。 半ば強引に背を押して外に出ると、真宮桜は仏頂面をした。寒気が障らないように、羽織に招じ入れると益々そっぽを向かれた。一体自分は何をやらかしたんだとひやひやしながら、肩を遠慮がちに抱いて空に飛翔する。 さて、太陽がのぼるという神木、扶桑樹はどこにあるだろう。日の出を見れば、少しは機嫌を直してくれるだろうか。 end. back |