恋人善哉


 野暮用で呼び出されるのはいつものことだった。どうせ蔵の片づけを手伝えだとか、三世の霊恐怖症をなおす作戦に協力しろだとか、そういう用事だろうと思った。そして予想は見事に的中した。
「助かったわ。桜ちゃんもつきあってくれて」
 祖母は悪びれもなく言う。「まあ、残念ながら、成果があったとは言いがたいけど……」
 聞き捨てならず、りんねは渋い顔をした。
「片づけたところで、結局ああやって三世が荒らしてしまうのだから、無駄だということがまだわからないのか……? おばあちゃん」
 すぐに失言だったと気づくがもう遅い。こめかみにグリグリとめり込むような理不尽きわまりない制裁をうける。こんな目に遭うのならわざわざ来るのではなかった、と心の底から後悔した。
「真宮桜と二人きりでデートしていた方が、どれだけ有意義で楽しい時間をすごせたことか──」
「声が出てるわよ、声が」
 魂子は拗ねたように口をとがらせる。
「薄情な孫ねえ。桜ちゃん、そう思わない?」
「私からはなんとも……」
 水を向けられた桜が微妙な顔で笑っていた。
「でも、私でよければまたいつでも呼んでください。お手伝いします」
「ありがとう。やっぱり女の子は優しいわ。それにくらべたら、男の子なんて冷たいものよ」
 あてつけのように横目でちらりとりんねを見る魂子。女子だからではなく真宮桜だからこそ天使のように優しいのだ、と心の中でりんねはひそかに訂正した。
「ああ、動いたらのどが渇いちゃった」
 そうこぼした祖母に桜と二人連れてこられたのは、祖母行きつけの老舗甘味処だった。口先では薄情だの冷たいだのと好き放題言っていた魂子だが、彼女なりに孫の親切に報いようとしていた。
「好きなもの頼んでね。私のおごりだから」
「──本当かっ、おばあちゃん!」
 またも失言だった。けれどじんじんするこめかみをさすりながらも、りんねの目はきらきらしい輝きを失わない。頬をくっつけるようにしてお品書きを隣の桜に見せながら、その声はうきうきとはずんでいた。
「真宮桜、どれにする? こんなにたくさんあると、目移りしてしまうな」
「これ、なんだろう?」
 桜が不思議そうに指差したメニューは、
「恋愛成就 恋人善哉」
 というものだった。りんねも首をかしげていると、魂子が身を乗り出してお品書きをのぞきこんできた。目で文字をひろうや、その口もとにふと優しげな微笑がうかんだ。
「それは、恋人善哉(こいびとぜんざい)ね」
「恋人……? 普通のぜんざいではないのか?」
「まあ、験担ぎみたいなものでしょう」
 訳知り顔で祖母は向かいの席に座りなおす。
「ひとつのお餅を半分に割って、ふたつのお椀に入れるのよ。それで、恋人善哉というわけ」
「よくわからんのだが……」
「意中の人と食べれば、ずっと一緒にいられるんですって。ご利益があるって、女学時代には結構流行ったものよ」
 それはいつの時代の話なのかとうっかり聞きかけて、りんねは口をつぐんだ。そろそろこめかみを労ってやらねばならないと気づいたのだった。
「せっかくだから、桜ちゃんと食べたら?」
「えっ……」
「晴れて恋人になった記念に」
 りんねは桜と顔を見合わせた。やや恥ずかしいな、彼女はどう思っているだろう──頬を染めている間に、魂子はもう注文を済ませてしまった。
 目の前に運ばれてきたものをまじまじと見おろす。ごく普通のぜんざいだった。それでもご利益があるなら是非ともあずかりたいものだとひそかに願いながら、りんねは汁椀のふちに口をつけた。
 横目で見ると、ちょうど桜もお椀を傾けていた。
「おいしい……」
 ほうっと同時に息をつく。目があうと、もうすっかり気を許した笑顔だった。
「おいしいね、六道くん」
「……ああ」
「ご利益って、本当にあるのかな」
 小豆の汁に浸かっている餅を箸でつまみながら、桜が小声でつぶやいた。「あるといいな……」
 つまり、ずっと一緒にいたいということか。
 天使の矢に心を深々と射抜かれたりんねは、まさに息も絶え絶えという様子だった。──なんてかわいいことを言ってくれるのだろう。
「たとえ、ご利益がなくても……」
 何食わぬ顔で茶をすすっている祖母には筒抜けだとわかっていた。それでもつい熱がこもった。
「離れずにいよう。……いつまでも、どこまでも」
 桜が目を瞬かせる。「六道くん、意外と大胆なんだね」──そう言って、ごく間近で見せた笑顔が、とてもまぶしかった。


2019.11.25



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