相合箸



 笑みがこぼれてしかたがなかった。こぼれてもこぼれてもにこにこしていた。いつまででもその背中を見ていられる、と思った。
「本当に、手伝うことはない?」
「大丈夫、大丈夫。もうすぐ終わるから。──あ、でも、強いて言うなら……」
 鍋の蓋を持ち上げたまま、千尋がくるりと振り返った。
「味見、してみてもらっていい?」
「もちろん」
 呼ばれるのを待っていましたとばかりに、ハクは笑顔を絶やさぬままキッチンの中へ入っていく。
 荻野家の夕食に招かれるのはこれが二度目。前は千尋の母親がこしらえてくれたが、今日は外出で帰りが遅れるらしく、千尋が手料理をふるまってくれることになった。
「彼氏にごちそうするのって、なんかいいよね。そういうの、いつかしてみたかったんだ」
 年頃の娘らしくそんなことを言われた時、いじらしくて、思わず人目もはばからずに抱きしめてしまった。
「嬉しいよ。千尋が私を思ってくれて」
「あ──でも、あんまり期待しないでね。料理、そんなに自信ないから……」
 そう言ってハクの腕の中で千尋ははにかんだが、それは謙遜にすぎなかった。
「おいしいよ。とても」
 菜箸で口もとに運ばれたものを味わうようによく噛んで飲み込むや、彼はにっこりと笑った。はじめて食べる料理だった。かたわらで千尋がほっと安堵の息をついた。
「よかった。まずかったらどうしようって思った」
「千尋の心のこもった料理をいただくのだからね。おいしくないわけがない」
「えへへ。そうかな……」
 千尋は満更でもなさそうな様子だった。鍋の中に箸を差し入れ、自分も味見をしてみる。
「──うん。まあまあかな?」
「自分に厳しいね。まあまあどころか、上出来だと思うけれど」
「本当? だったら、じゃあもうひと口あげるね。──はい、ハク、あーんして」
(こうしていると、なんだか……)
 何度目かわからない味見につきあいながら、ほのぼのとした気分で、彼は恋人を見つめていた。
「まるで、夫婦になったようだね」
 何気ないその発言は千尋をまごつかせるのに充分な効力を発揮した。彼女の手から菜箸がぽろりと落ちた。頬がかすかに染まっていた。
「──あらあら。お邪魔だったかしら?」
 廊下から顔を出した千尋の母親が、クスクス笑っている。おどろいてますます赤面する千尋の頭ごしに、ハクは会釈をした。
「お母さん。むしろ私の方がお邪魔しています」
「いえいえ。楽にしてちょうだいね」
「──おかあさん、おねえちゃん! ハクおにいちゃん、もういるの?」
 千尋の妹があわただしく廊下を駆けてくる足音がした。ハクは千尋の手を握りしめ、──うん、いるよ、と返事をした。



2019.11.24


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