どこへ吹く風


 いつの時代(とき)であったか、腰の太刀を略奪されるということが頻繁に起きた。巷に合戦の跡の絶えない世の中だった。用心していたが、略奪者たちは余念がなく、持ち主の隙をついてはその太刀に魔手をのばすのだった。
「やめておきなさい。命が惜しいのなら」
 救いようのない悪党に対してさえ、摩緒は警告を発した。だが強欲に駆られた人間に聞き入れる耳などなかった。太刀に触れた途端、彼らは体中から真っ赤な血飛沫を吹きだした。太刀を強奪するつもりが、皮肉にもその太刀に命を奪われ、見るも無残な死体がいくつも地面に転がった。
「だから触れてはいけないと言ったのに」
 摩緒は乙弥とともにそうした骸(むくろ)を地中に埋め、弔ってやった。ここで私に出会わなければ長生きできただろうにと、悪辣きわまりない掠奪者の不運を憐れみさえした。
 思い立って、死体のかたわらに太刀を埋めてみたことがある。無駄な試みだった。翌朝、それは飼い慣らされた動物のように、ひとりでに摩緒の手元に帰っていた。予期していたことではあったが、摩緒はいくばくかの落胆を禁じ得なかった。
 やがてその不吉の太刀は、彼の頭上にさらなる暗雲を垂れ込めさせた。
「妖術をもって極悪非道の殺人を繰り返した」
 として、御用となったのである。その際、覆いをかけた状態で太刀は没収された。これ以上呪いの犠牲者を増やしたくなかった。
 詮議が行われた。野盗たちの怪死の噂には尾鰭がつき、あたかも摩緒がよこしまな術に傾倒する殺人鬼であるかのような扱いだった。
「いかにして罪なき人々をあやめたのか」
「妖術など使いません。ただ彼らが私の太刀に触れてしまっただけ」
「呪いの太刀など、存在するものか」
「信じるか信じないかはあなた方次第だ」
 落ち着きはらった態度がかえって心象を悪くしたらしい。打ち首と決まった。
 白装束に縄をかけられ、摩緒は刑場へ引き立てられた。この期に及んでまだ微塵の焦りも感じていなかった。だが刑官の一人を見れば、見覚えのある太刀を携えている。それによって彼の首を打ち落すつもりらしい。
「その覆いを外してはいけない──」
 警告は、またも無下にされた。
 外に出ると乙弥が待っていた。
「どうやらまた、死に損なったようだよ」
 おびただしい血飛沫を浴びた白装束はすっかり赤に染まっていた。背後を見れば足跡さえも赤黒く、さながら鬼の通った道のようだった。
「また新しいお着物を探さなければいけませんね」
 残念そうに乙弥が言う。「沢に下りましょうか」
 摩緒はしばらく立ち止まっていた。赤黒い足跡をさかのぼれば、怨嗟の声がうねりをあげて押し寄せてくるようだった。──途端にその手に握りしめている太刀を打ち捨てたくなった。だがそうしなかった。触れていることさえおぞましいが、手放すことのできないさだめと知っている。
 追い立てるように、血なまぐさい風が吹いた。悲しいかな、肌身によくなじんだ風だ。
「摩緒さま」
 ああ、と生返事をひとつして、彼は歩き出した。



2019.11.24
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