にわか雪


 好事魔多し、とはうまく言ったものだ。とにかくりんねの幸せには、邪魔が入りやすい。
 計画的に休暇をとった週末。この日ばかりはとめずらしく大奮発し、桜が前から観てみたいと言っていた映画に連れて行ってみれば、
「──六道、きさま、抜けがけは許さんぞ!」
 あろうことか最も面倒な相手が隣席という不運。そのうえ密室の映画館で、はた迷惑にも聖灰をぶちまけんばかりの剣幕である。
 りんねは泣く泣く映画をあきらめることにした。とっさに桜の手を引き、恋敵の追ってこられない霊道へとのがれる。
「すまん、楽しみにしていた映画が観られなくなって……」
「いいよ。こうやって六道くんと歩いてるだけで、楽しいし」
 天使の笑顔に心癒されながら、にぎやかなあの世の縁日を歩くのもつかの間。露店で買い物をしていた死神が、聞き覚えのある声にくるりと振り返った。
「──ちょっと、あんたら! 何ちゃっかり手を繋いでるのよ!」
 またも厄介な相手に遭遇した。買いこんだ品物を放り出し、死神のカマを振りかざしながら追いかけてくる。あの世の果てまでもついてきそうな執念深い相手を、りんねはどうにか煙幕で撒くことに成功した。
「か、重ね重ね、すまん。十文字のみならず、まさか鳳にまで出くわすとは……」
「世間はせまいね……」
 しみじみと桜が言う。「でも、今度こそ二人きりだね」
 ちょうど縁日小路の小さな飲食街に出たところだった。二人は気を取り直して軽食をとることにした。アツアツのたい焼きを分け合いながら頬張っていると、
「微笑ましいねえ」
「お似合いだねえ」
 行き交う霊たちに声をかけられる。そのたびに顔を見合わせてはにかんだ。
 しかし穏やかな時間はまたも春の霞のようにかき消えてしまう。露店脇のベンチに座ってのんびりお茶をすすっているところへ、
「食い逃げドロボーッ!」
 土埃をまきあげながら疾走していく人影がりんねの目の前をよぎった。いやな予感がした。
 そのまま視界からさっさと消え去ってくれればいいものを、そうは問屋がおろさない。何か気づいたようにくるりと振り返ったかと思うと、殺意の湧きそうな満面の笑みで手を振ってくる。
「──誰かと思ったら、やっぱりりんねじゃないか! それに桜ちゃんまで!」
 疫病神退散を切に願うりんねだったが、祈りは天に通じなかった。
「桜ちゃんとデートか? こいつめ、隅に置けないなぁ。さすがパパの子だ。あっはっは」
 間の悪いことに、鬼の形相で追いかけてきた飲食店の店主が、それを聞きつけてしまう。鯖人はりんねの肩に手を置き、晴れやかに告げた。
「あっ。さっきのお代は、ぼくの息子が支払いますので」
「ふざけるなっ!」
 必死に他人を装ったが、逃れようがなかった。血の涙を流しながら、りんねは自分の財布をとりだすはめになった。
「おやじ……いつか輪廻の輪に送ってやる」
 負のオーラにひきつけられたのか、その後も次々と災難はやってきた。
 悪魔にちょっかいを出され、返り討ちにした。
 記死神には身に覚えのないことで難癖をつけられ、潔白を証明せねばならなかった。
 死神一高の友人は、やっきになってりんねから桜を引き離そうとした。
 ──最終的に、りんねは桜の手をとって現世へ逃げた。あの世にいては、いつまでも不幸の連鎖を断ち切ることができないような気がした。
「もう、こんな時間なのか……」
 現世はすでに夕暮れ時のようだった。空が白く濁っていて、やけに空気が冷えるなと思っていると、ちらほらと降り出した。
「──すまん。せっかくの一日が台無しになってしまって」
 りんねはそれがせめてもの罪ほろぼしのように、桜が寒い思いをしないよう、握りしめた手をジャージのポケットにそっと差し入れた。
「この埋め合わせは、必ずするから」
「じゃあ、今日してくれる?」
 氷が溶けるようにあたたかい笑顔を、桜は惜しげもなく向けてくる。
「うちで一緒にごはん食べよう。朝のうちに、もうママに言ってあるから」
「え……、いいのか?」
 相手の目が輝くのが、お互いにわかった。
「大歓迎だよ。六道くん」



2019.11.23
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