夜長 鼻の頭がむず痒い。掻こうとして、何やら足らぬようであることに気がついた。薄く目をあけて指先にじっと目を凝らしてみる。暗がりの中でもはっきりと見えるはずの、爪がない。 「あ、──虫」 頭の上から花びらの降るような声がして、鼻先を布きれでそっと拭われる。何かが鼻を這い上がってくる不快さは、嘘のように消え失せた。 「──……もう、夜更けなのか?」 いつの間にまどろんでいたのだろう。片頬に感じる心地よい柔らかさ、安心をもたらすぬくもり。 今日は、朔の夜であるはずなのに── 「ぐっすりだったから、起こさなかったわ」 「はっ……随分と腑抜けになったもんだ」 自嘲めいた笑いをこぼす犬夜叉だが、口先ではそう言いながらも、かごめの膝枕には、何やら抗いがたい魔力がこめられているようにも感じられ、頭をもたげることさえ億劫なのであった。 「寝てなさいよ。まだ夜は長いんだから」 かごめは何をしているのかといえば、炉端のごくわずかな残り火の明かりをたよりに、草履を編んでいるのだった。まだ寝ないのかと聞けば、 「今日は夜ふかししたい気分なの」 一緒に──と思わず言いさして、犬夜叉はぐっと押し黙る。幼子が衣手を握りしめて甘えているようで、居たたまれずに勢いよく起き上がった。 頤をとらえ、唇をうばう。 今夜の彼女はどこまでも寛容だった。手仕事を放り出し、腕を彼の首に回し、さながら救いをもたらす女神のように、微笑んでいた。 --------------- 文字書きワードパレット 1. 牡羊座「花びら」「救い」「握る」 Hiroko様より 19.10.22 ×
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