たわむ影
たわむ影



 あと少しのところで手は宙をつかんでしまう。
 爪先立ちになったり、飛び跳ねてみたりと躍起になるりんだったが、惜しくも指先が届かない。
 目当ての果実は高みにあってその赤々と熟した肌を陽につやめかせながら、涙ぐましい彼女の努力をあざ笑っている。
 それでもりんは諦めない。
 あと少し、ほんの少し──
 ようやく希望が胸にきざした時、
 赤い実が、いともたやすく傍からもぎとられた。

「……いつから、いたの──?」
 消え入るような声でたずねるりんの頬は、差し出された林檎よりもなお赤く色づく。
 相変わらず食い意地の張った娘だ、と思われたらどうしよう。年頃の娘らしいことを気にかけながら、受け取った小さな林檎を両手で心もとなく握りしめていると、
「──いつ気がつくかと、待っていた」
 普段と変わらぬ表情で、けれど他の誰かに向けるよりも幾分か柔らかな声音で、殺生丸は言う。
「おまえはいつも、目先のものに夢中になる」
「うん。……そうだね」
 彼の手がりんの頬に触れてくる。嬉しくて頬ずりすると、その目の端がわずかに下がった。
 りんは、はにかんで笑う。
 木陰で二人そうして寄り添っていると、いまにも踊りだしそうな胸の高鳴りが、つぶさに感じられるようだった。




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文字書きワードパレット
17. 木星「爪先」「林檎」「踊る」

水野様より


2019.10.19
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