珈琲日和



 夕刊の見出しを目で追いながら、ふと、あの子はもう現れないのではないか、という考えにとり憑かれた。
(──だから何だというんだ?)
 読みさしの新聞をテーブルの上に置く。ちょうど、馴染みの女給が注文したものを運んでくるところだったが、退屈まぎれに窓の外を眺めている摩緒は気がつかない。
 現れないのではないかと思いながらも、夕映えの街を行き交う人々の中に、ついその姿を探してしまう。ひょっとすると向こうも、あの尋常ならざる駿足で、彼を探しにここまでやってくるかもしれない。人ごみにまぎれていようと、あの奇妙な姿はきっとすぐに見つけられるだろう。
 ──菜花が戻ってくるから、この街から離れずにいよう。
 そう式神に言い含めたのだが、もう何日も待ちぼうけをくらっている。思いがけず現れたり消えたりと、まったく捉えどころのない娘だ。
「摩緒先生、冷めないうちにどうぞ」
 ああ、ありがとう、と摩緒は気もそぞろに返す。慌ただしい往来から目を離さぬまま、コーヒーカップの縁にそっと口をつけた。
「あのお嬢さん、今日もいらっしゃいませんの?」
「そのようだね」
 天気を占うような調子で、陰陽師はつぶやく。
「明日は来るのか、来ないのか。──さてどちらかな?」




19.10.03


戻ル



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