日まわり


 夏祭りの日。
 大人には大人の、子どもには子どもの楽しみがある。
 大人たちには村の女衆によって鯛の料理や酒肴がふるまわれ、子どもたちは峠を越えて田楽の巡行を見に行くのが常だった。
 かごめが毎年心待ちにしているのは、食べものでも酒でも田楽でもなく、宵闇の中で行われる盆踊り大会だった。
 活気に満ちた夏祭りの景色は、現代で過ごした懐かしい夏休みを思い起こさせる。──母に浴衣を着せてもらい、花火大会に行ったこと。屋台の食べものや遊びにはしゃいだこと。盆踊りの輪の中に入って踊るのは、あのころからの恒例行事だった。
「あぁ……。もうだめ。もう、動けないかも」
 踊り疲れたかごめは、笑いながら夏木立の暗がりに身を投げだした。花を差した笠が頭から外れる。今日も今日とて蒸し暑い夜で、村の女衆にまざって楽しく踊っていたら、ひどく汗をかいてしまった。
「でも、すごく楽しいね」
 かごめの真似をして隣に寝転ぶ犬夜叉は──男衆のしつこい絡み酒から逃れてきたらしく、ほのかに酒の匂いがした。こちらも満更でもなく人の輪の中で過ごしていたようで、ほろ酔い加減とみえる口もとには笑みがにじんでいる。
「かごめはいつだって、何をするにしたって楽しそうだよな」
「そう?」
「おれはな──」
 犬夜叉の手が、かごめの手をさぐり当てた。汗ばみそうなほど強く握りしめてくる。金の瞳は暗がりの中、ひた向きに彼女を見つめ、二つの星をちりばめたようにきらめいていた。
「かごめを見てると、楽しまねえでいることが馬鹿らしくなってくる。──こうやって人間と関わり合うことなんざ、これっぽっちも考えなかったってのにな。今は、こういうのも悪くねえ、と思うんだ」
 かごめはやわらかく相好をくずした。彼が「仲間」ではなかった人々と打ち解け、輪の中に受け入れられていくことは、彼女にとっての喜びでもある。
「『その日を摘め』って言うじゃない?」
「……ん? なんだ、それ?」
「今日という日を楽しむってことよ。多分ね」
 遠くから陽気な祭囃子が聞こえてくる。目を閉じれば、まるで現代の夏祭りのさなかにいるようだった。今にも、夜空に花火があがりそうな気がしてくる。
「こっちの夏は、向日葵が咲かないのが惜しいわ」
「──『ひまわり』?」
「夏に咲く花。太陽みたいな花なの。黄色くて、背が高くて、畑にたくさん咲いていて……」
 子どもたちを向日葵畑に連れていきたいな、とかごめは思った。彼女が少女だったころのように、麦わら帽子を頭にかぶせて、サンダルを履かせて、手には冷たいアイスクリーム──西瓜のひと切れでもいい。
 ──でも、とすぐに思い直した。
 夏の花なら、なにも向日葵でなくとも、ほかにいくらでも咲いている。
 麦わら帽子がなければ笠があるし、サンダルでなくても草鞋がある。西瓜なら真桑瓜で充分。どっちだろうと、子どもたちはきっと気にしない。燦々と照りつける太陽の下、子犬のようにはしゃいで一面の花畑を駆け回るだろう。そして、隠れん坊や鬼ごっこをして、飽きもせずに遊んでいるのだろう。
 彼女が思い描く大抵の楽しみや幸せというのは、そうしていともたやすく得られるものなのだということを、かごめは戦国の世に身を置きながら、日々思い知るのだった。
「ひまわり、か。ひまわり……」
 犬夜叉はまだ、彼女の隣で物珍しげにつぶやいている。
「どうしても見たいんだったら、おれが探してきてやろうか?」
「ううん。いいの」
 かごめは犬夜叉の頬に、唇をそっと押し当てた。
「それより、もっと楽しいことしよう?」
「……。かごめ」
 不意をつかれた彼の表情が、段々とえもいわれぬ顔つきに変わってくる。
「おまえ、やっぱり女どもに飲まされたな?」
「だって、今日はお祭りでしょう? ──楽しまなくちゃ」
「言っとくが、酒が入ってるからな。……覚悟しとけよ」
 笑う間もなく、かごめは犬夜叉の身体の下に引きずりこまれ──
 そうして今日もまた、彼と二人、今日という日を摘むのだった。




2019.08.12
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