熱り
血を振り落とした鉄砕牙を、鞘におさめる。
両手の武者震いが、まだ止まらない。
全身の血が沸き立つような興奮を覚えていた。──これほどの敵に立ち向かうのは、いつぶりのことだろう。危うく鉄砕牙ごと、腕を引きちぎられるところだった。かごめの破魔の矢がなければ、今頃本当に隻腕となっていたかもしれない。
「犬夜叉、大丈夫? ……怪我してるんじゃない?」
かごめの手が利き腕にそっと触れた瞬間、久方ぶりの死闘の興奮さめやらぬ犬夜叉は、何やらふつふつと御しがたい衝動に駆られた。
愛刀をかなぐり捨てるや、空いた手で細い手首をつかみ、青葉を繁らせる椎の巨木に追いつめる。
「犬夜──」
呼びさすかごめの唇が熱く塞がれた。揺すられた木の枝先から、小さな鳥が囀りとともに飛び立ってゆく。
──ああ、何やってんだ、おれは。
ひとたび高揚がおさまれば、後には大いなる後悔が待ち受けている。犬夜叉は叱られるのを予期した子犬のように犬耳を垂れ下げながら、無言で着衣を整えるかごめを恐々とながめていた。かける言葉が見つからない。
かごめは地面に転がる矢筒と、鞘におさめた鉄砕牙を拾い上げた。そして、おそるおそる愛刀を受け取る犬夜叉に、眉を下げて笑いかける。
「怪我」
「──?」
「やっぱり、怪我してるじゃない。……痩せ我慢しちゃって」
犬夜叉はぐうの音も出ない。そんな彼の鼻の頭に、かごめは爪先立ちして、意趣返しの口づけを与えるのだった。
19.05.29