はてしない物語
彼が神社にやってきたのは、娘が十になった年のことだった。はじめに彼を見つけたのは娘で、学校から帰ってみると、御神木の木陰に丸まって気持ちよさそうに眠っていたのだという。
娘はその日のうちに彼を家族の一員に加えることを決めた。そして彼に、その見た目にうってつけの、シロというごくありふれた名を与えた。
拾われた恩義を感じていたのか、シロは誰よりも娘によくなついた。一人っ子である娘もまるで弟のように彼を可愛がった。散歩に連れ歩き、風呂に入れ、その美しい毛並みを手ずからブラッシングしてやったものだった。
「シロはね、いつか、私の中に入ってきたいんだって」
中学生になった娘が、ある時妙なことを口走った。どういうことかたずねてみたが、娘はこちらを振り返った時にはもう、自分の言ったことをすっかり忘れてしまっていたようだった。
奇妙なことに、時折、娘がシロと会話をしているように感じられることがあった。そのことを訊いてみると、
「動物と話せるわけないでしょ? ──パパったら、変なの」
娘はくすくすと、おかしそうに笑った。その傍らではあの透き通るような金の瞳が、まるで何かを語りかけるかのように、こちらをじっと見つめているのだった。
──老いた彼を見送ることになった十年目の初夏。娘が唐突に、妊娠したことを告げてきた。
シロとの別れに憔悴していた姿がまるで嘘のように、娘の笑顔は晴々として、生気に満ちあふれている。
「良かったね。また、会えるよ」
それは誰に向かってかけた言葉なのだろう。
いったい誰が、誰に、会えるというのだろう。
娘はただ、揺り籠のようにゆったりとその身をゆすりながら、愛おしげに自分の腹を撫でている。
19.05.25